マクロビアン１サラザール・スリザリンはゴドリック・グリフィンドールと決裂し、学校を去った。行方は知れない。 スリザリンの偏屈な性格を知る人々はレイブンクローの説明を疑わなかった。学校は滞りなく運営された。 「ゴドリックは？」 入ってくるなりレイブンクローが問うた。教官室を兼ねたホールにはヘルガ・ハッフルパフしかいなかった。 「いつもんトコ」 着古した草色のエプロンドレスの、膝に広げた薬草を選別しながら、ハッフルパフは言った。 「未練がましいったらないわね。スリザリンは自殺よ。彼が追い込んだんじゃないの。どんなに呼んだって戻るわけないわ。ほんとにぶい男ね」 レイブンクローは不快感を隠そうともしない。ハッフルパフは微笑した。 「あそこが暴かれたら、問題にならないかな」 「誰の遺体か判らないと思うわ。スリザリンは容姿を揶揄されるのを嫌っていつも変身術で老人の姿をしていたもの」 「…そうだった。あれにはヘルガも驚いた」 その時のことを二人は今でも鮮明に思い出すことができる。 四人以外いるはずのない開校前の校内で、待ち合わせの時間をすっぽかしたゴドリックを探していた時のことだ。だだっ広い校内で生命反応を捜し足を運んでみれば、スリザリンの薬草庫。不用心にも開けっ放しの扉から中を伺えば、ゴドリックが見かけない美形を組み敷いてコトの真っ最中だった。待たされたこととその理由に、切れたレイブンクローが踏み込んでグリフィンドールを締め上げた。咄嗟に彼はローブで愛人を庇った。黒いローブからこぼれたウェーブのかかった長い銀髪、その下からのぞく紅い瞳、アルビノ特有の色素のない肌。変身術を解いたサラザール・スリザリンその人だった。 「あの海草の干物みたいなおじいさんが、じつは若いお兄さんでした、だもんな」 しかも精霊並の美貌の持ち主ときたもんだ。 「グリフィンドールは昔から面食いだったものね。まぁ、アレで逆に納得できたんだけど。あの根無し草で退屈病持ちのグリフィンドールが、旅を止めて教師の職を引き受けたって聞いたときは悪い魔法でもかけられたんじゃないかって慌てたから」 「そうだよね。駆けつけたら、ほんとやにさがっててさぁ。魂抜かれたなって思ったもん」 「ある意味その通りだったけどね」 「ねぇ。ゴドリックはどうして気がつかないのかなぁ？」 スリザリンが自殺した理由に。 「無理よ。男って馬鹿だもの」 「馬鹿？」 「そうよ。ロマンチストで夢ばかり観てる」 テーブルに積み上げられた薬草を細い指で摘み上げタクトを振るようにして笑った。 「ヘルガにだって夢はあるよ？」 「見果てぬ夢ってやつよ。地に足がついていないの。だから馬鹿って言うのよ」 不意にレイブンクローが口の端をつり上げる、人の悪い笑みを浮かべた。 「彼が女だったら、見物だったのに」 「悪趣味だよ」 ハッフルパフは手を止め、顔を顰めた。レイブンクローは魔法界の古い逸話を当てこすったのだ。その昔、夫を厭って自殺した妻がいた。夫は亡骸に生命の石を埋め込み夜毎交わった。妻は身ごもり子を産み落とした。 「あの伝説、どうして続きが伝わらなかったのかしら」 「産まれた子供がどうなったか？」 「パパと幸せに暮らしました、なのか、長じて母の敵を討ちましたなのか。気にならない？」 理知的な瞳に持ち前の知りたがりやの色を浮かべてレイブンクローが言った。 「ヘルガはね、産まれた子供は父親にしか見えなかったんだと思う」 「…なにそれ？父親の妄想だったっていうの？」 「妻に自殺されても、夫はその死を受け入れることができなかった。だから交わることができたんだ。だから子供を望んだ。彼が望んだから子供は産まれた。彼にとっては妻は死んでいないし、子供は想いの結晶そのもの。子供は夫の残りの人生に連れ添って、夫と共に土に帰ったんだよ。だからなにも残らない」 「悔恨の結晶だったていうの？」 「そうも考えられるってだけだよ」 膝の上の薬草を片づけエプロンを叩く。 「お茶にしようよ。ロウェナ。スコーンを焼いたんだ」 人好きのする笑顔を浮かべ、険しい顔つきのままのレイブンクローを手招いた。 2002/08/05 脱稿ハッフルパフさん、実は最強説プッシュです。 |