マクロビアン２「ゴドリックはどうして気がつかないんだろう？」 蜂蜜を落としたカモミールティを手渡しながら、ハッフルパフは問いを繰り返した。 「認めたくないんでしょ。自分が追いつめたなんて」 つんっとぶっきらぼうに言って、となりに腰掛けたレイブンクローはそっぽを向いた。 「サラザールの家系は同族婚の歴史の長い一族だったろう？その影響なのかな、彼は子供を作れない体質だったんだよ。だからなおさら魔法族の行く末を憂いたんだ。ネズミみたいに増えるマグルに、疫病みたいに広がるキリスト教。魔法を認めないキリスト教を奉じるマグルが繁殖するだけ、魔法族は衰退する。これまでの子弟制度では、教えられる人数も制限されるし知識も偏る。魔法界の危機を乗り切るには、広い見知と知識を持つ頭脳集団が必要だと考えたんだろうね。だから学校を思い立った。だけどゴドリックの考えた学校は違ってた。生徒個々人の固有の才能を引き出すことに重きを置いた。独り立ちするまで面倒を見るのが教師だと考えたんだ。生徒を育て更に組織化して上を目指そうとするサラザールには妨害以外のなにものでもない…」 「…ちょっと待ってよヘルガ。スリザリンが不具？なぜそう言い切れるの？」 「彼の薬草庫を片づけたんだ。その手の薬が幾つかあった。保管の状況から見て商売ものじゃない。自分で服用してたはずだ」 薬草はあたしの十八番でもあるからね。そう付け加えてから言った。 「ゴドリックのためだったんだろうな」 レイブンクローの顔が強張った。 「ゴドリックはスリザリンが肉体の喜びを分かち合わないのは、自分を愛していないからだって思ってたのよ？あの関係だって、教職を引き受けるのと引き替えに承諾させたんだって…。体を手に入れたら心も絡め取る自信があったのにって。でもスリザリンはセックスと愛情を結びつけないって。それに費やされる時間を惜しむことしかしないって。どんなに口説いても、まるで届かないって。歯痒いって。悔しいって。スリザリンは、魔法戦士としての、教師としての自分にしか興味がないんだって。自分を見ないって。それで躍起になって彼の歓心を買おうとして、余計なことばかりして、彼を怒らせてたのに…」 グリフィンドールは、のろけとも愚痴とも判らない戯言をレイブンクローに聞かせていた。生臭いことの嫌いな彼女は聞き流していただけだったけれど、しつこく請われれば知恵を貸すこともあった。グリフィンドールはスリザリンの歓心を得る方法を彼女に相談していたのだ。 「やっぱり男って馬鹿よ！大馬鹿者よ！！」 喚くレイブンクローの目元には涙が滲んでいた。 今なら、彼女にもスリザリンが姿を偽る真の理由がはっきりと理解できたろう。 彼が恥じたのは、容姿ではなく、その持ち主が不具者であると知られていたからだったのだ。暴かれた苦痛が彼を偏屈にした。欠陥を隠すために、生まれ持った姿を偽る暮らしをしなければならなかった。 魔法族を脅かす旧家に多い不具者。彼があれほど魔法族の行く末を案じたのは、彼自身がその体現者だったからなのだ。彼は奇形である肉体を厭った。呪っていたかも知れない。なんにせよ忌まわしいだけのものだったろう。 だが、グリフィンドールはそれを欲した。魔法戦士として卓越した才をもつ彼は、冒険に楽しみを見出す、定住と拘束を嫌う自由人だった。その彼が教職に就くことと引き替えに望んだ。スリザリンは迷わなかったろう。軽々にグリフィンドールにくれてやったに違いない。 それをグリフィンドールは押し戴いた。滑稽で、新鮮で、戸惑いをもたらすものだったろう。諦めていた欠陥を直そうと薬を服用していたということは、応じたいという気持ちが芽生えたからにほかならない。 「…どうして自殺なんて…」 レイブンクローが呻いた。 あの渋面の下に、たどたどしいながらも感情の揺らぎが隠されていたなんて。なのに何も伝えないで逝ってしまうなんて。 さすがにゴドリックが惚れただけはある、とハッフルパフは思う。彼は美しいものを好んだ。本能で、虚飾と本質をかぎ分けた。彼が惚れ込んだのは、それだけスリザリンが純粋だったからだ。それが彼の美点であり欠点だった。 「気がついてしまったんじゃないかな。自分こそが淘汰されるべき存在だってコトに」 自然は不変のように見えても、その実つねに変化を続けている。進化を拒む種は滅びるのだ。魔法族とて例外ではない。まして魔法族は魔力を高めることにこだわりすぎた。薬効を追い求め交配をしすぎた種が種子を残せないように、魔法族は自ら滅びの道を辿ったのだ。 今のままでは存続できない。 なにかを捨てても存続を選ぶのであれば…捨てるものは魔法。マグルと混血してゆく果てには、魔法を否定する世界が待っているのかも知れない。 「推測でしかないけどね。たぶんサラザールは、魔法族が自然の摂理のなかでは敗者なのだと、認めることも否定し続けることもできなかったんだ」 凝視してくる同僚の、問いつめるような視線が頬を焦がす。 「今の魔法族を残そうと足掻いているのに、ゴドリックは容赦なく現実を突きつける。限界だったんだよ」 頬を焼く視線が揺らいだ。ああ、これは泣くなと思った。 「現実を突きつける彼を憎むことができれば、それが責任転嫁でしかなくても、サラザールは生き続けられたはずだ。でもそうしなかった」 「彼は潔かった？」 「違うよ。たぶんゴドリックを否定できなかったんだ」 「…ほんとうに馬鹿ね。男って生き物は…」 俯いたレイブンクローの頬を、滴が伝った。彼女は他人にも自分にも厳しい。だけど自分の感情にとても素直だ。ハッフルパフはそういうところが気に入っていた。 「この学校を作って、生徒達を増やして、共に学ばせることで絆を紡いでゆけば、サラザールの理想とゴドリックの理想は、どこかで融合するかも知れない。かつての栄光を取り戻すことはできなくても、存続はできるはずだ。彼の夢は夢想では終わらないと思う」 「…終わらせない、でしょう？ヘルガ。ほんと男って手間がかかる生き物ね。最後は女が後始末をしなきゃならないんだから」 頬を掌で拭い、レイブンクローが顔を上げた。シニカルな笑みが戻っていた。 「じゃぁ手伝ってくれるんだ」 「乗りかかった舟ですもの。私は半端は嫌いよ。あなたもよく知っているでしょう？」 「うん。ありがとう」 ハッフルパフはレイブンクローの肩を抱いた。 誰よりも賢いこの魔女は、けれどそのぶん情に疎い。そういうところはサラザールに似ているなとハッフルパフは思う。 でもこの子はとても素直だ。それがあんたと違うところ。 ねぇ、サラザール。あんたがなにに絶望して世界を閉ざしたのか、あたしは探ろうとは思わない。でもね、あんたの理想は生き続けるよ。誰かが覚えているかぎり、あんたは死なない。秘宝を抱いて眠り続けるこの学校の守護者になるんだ。ゴドリックはきっとあんたを裏切らない。この学校を護るだろう。あたしもロウェナも。この学校があるかぎり、あんたは死ねない。あんたが死なないかぎり、魔法界は滅びない。 夢は叶うよ。形を変えて。 だから、いつかゴドリックを救ってあげて。あんたが傷ついただけ奴も傷を負ったんだ。辛かったのはあんただけじゃない。奴はどうしようもなく不器用であんたを怒らせてばかりいたけれど、あんただってまんざらじゃなかったんだろう？一度くらい素直になったって、誰も笑ったりしないよ。あんたにしか救えないものが世の中にはあるんだよ。とびっきり上等なあんただけの魔法だ。魔法使いなら、本望ってものじゃないかい？ 明日には新しい生徒がやってくる。その中にはマグルの子弟もいる。 たまったままの水は腐敗するしかない。あたしは水を入れ替えるよ。サラザール。急激にではなく、少しずつ、水を循環させて環境を護る。薬草は土壌が変われば育たない。魔法族もきっとそう。でも水が腐ったら土壌も腐る。だから少しずつ変化を受け入れよう。それが魔法族が魔法族らしく生き延びる最善の道だと思うから。 2002/08/08 脱稿捏造です。スリザリンファンの方ごめんなさいっ。 |