僕は君を汚し続け、君は僕を清め続ける。歪んだ王国ヴォルデモートが復活した。魔法界は再び訪れるかもしれない暗黒期に震え上がった。そしてしたことは、僕をせっつくことだった。 「奇跡の子供よ、彼の人を倒せ」 「生き残った男の子、君にならできる。再び彼を退けろ」 本気で言っているのだから救いようがない。かつて自分たちが束で敵わなかった彼に、まだ就学途上のたったひとりの子供が太刀打ちできると信じているのだ。根拠もなく、願望にすがっているのだ。そんなんだから敵わないんだ。そんな単純な事実にすら気がつかないから、脅えることしかできないんだ。 「ハリー？」 組み敷いていた彼が怪訝そうに問うた。 「なんでもないよ」 不毛な思考を振り払い、僕は彼に微笑みかけた。 行為に馴らした白い肢体を、抱き込んで、むしゃぶって、猛り狂うまま、征服する。心の中で懺悔しながら。 僕の動きにひとつひとつ敏感に反応し、痴態のかぎりを尽くす彼。注がれる精を浴び、僕の好みに染め変えられた。せがめば自ら膝を開き、促せば、躊躇わず腰を落とした。淫靡な水音と、享楽の喘ぎで、僕を繋ぎ止め、満たしてくれる。 原始の姿で四肢を絡め、僕は君を貪り喰う。 頬を伝う涙を啄むのが好きだ。どんなに汚しても、君は清いまま。この涙のように、僕を浄化してくれる。無力感に打ちのめされ、絶望という断崖に立たされても、君がいる。この温もりを抱きしめて、香りを嗅いで、君を啼かせて、僕はまだ生きている自分を発見する。 世界が僕に押しつけた無責任な期待が、僕を押し殺そうと迫ってくる。義務を果たせと追い立てる。気が狂いそうになる。 だけど君がいる。僕はひとりじゃない。 （まだ大丈夫。きっと大丈夫） 不可能を可能にする奇跡を、君は僕に示してくれた。 僕は奇跡を知っている。 奇跡はキリスト教が認定した神の御技にのみ許される言葉。だけど僕は神なんか信じない。ダーズリー家で辛酸をなめていた時間、神は僕になにもしてくれなかった。僕は神なんて信じない。なにが奇跡かは僕が決める。不可能が可能になる。その驚きこそが奇跡。君が教えてくれた。代償を求めない魔法。それこそが奇跡。君は僕のために全てを捨てた。その痛みをポーカーフェイスの下に押し込んで、僕の隣にいてくれる。その想いこそが奇跡。僕を照らし続けてくれる希望。 僕は僕をいらだたせる全てへの憤りを、君の中に注ぎ込む。君は全てを受け入れて、透明な汗と涙に昇華してくれる。君が、僕を浄化してくれる。 「愛してる」 「…ほざけ…」 苦しい息の下から返される憎まれ口。君が好き。君が好き。君が好き。世界の全てと引き替えても、僕は君が好き。 どんな僕でも、君は許してくれる。君は君だろう？とシニカルに笑ってくれる。そんな君が愛しくて、僕は君を手放せない。 ヴォルデモートがなぜ「偉大な悪行」に走ったのか。今の僕にはわかる気がする。ダンブルドアから聞いた彼の生い立ち、ハグリットから聞いた彼の学生生活、ルシウス・マルフォイから聞いた、彼の理想。 恋に破れた母。愛憎の結晶として産み落とされた子供。母の愛は子供への愛ではなく自分自身への憐憫。息子は誰にも愛されず、誰にも望まれなかった無用の存在。誰にも必要とされなかった子供は、世界中に己の存在を知らしめたかったのだろう。誰からも認められたい。自分が生きていることを、その存在を。そうしなければ、自分という存在が否定され続けているようで、（彼の父がそうしたように）居たたまれない心地だったのだ。現実に存在する自分を否定され続けたことへのトラウマ。そのための力。そのための偉業。世界の全てを己のものに。全てのものに己の印を。自分という存在を声高に叫びたかったのだ。 可哀想な奴。 僕は奴を倒すよ。そうしなければならない理由があるから。奴を倒してその孤独を満たしてやろう。忘れない。それが彼を満たすこと。 僕は世界なんて要らない。彼に成り代わりたくなんてない。次の恐怖の対象になんてならない。僕は彼を倒したら隠遁する。それが夢。僕の欲しいものはひとつだけ。そのためにヴォルデモートを倒す。荒唐無稽のように思われる偉業を、僕は達成するだろう。君がいてくれるから。 夜毎僕に抱かれる君を、口さがない人が罵っているのを知っている。僕の隣にいることが君を苦しめていることも。 僕は君を玉座に据えたい。気高さに見合う席に座らせたい。至高の聖域に連れてゆきたい。魔法界きってのペテン師、名前倒れの似非英雄。その愛人だなんて後ろ指を指させたりするものか。僕は奴を倒す。倒して、先走る名声を不動のものにする。そうして君に酬いるんだ。君は英雄のかけがえのない存在だと。 僕は君を汚し続け、君は僕を清め続ける。 君のために世界を獲ろう。僕の名は「ハリー・ポッター」。 奇跡を期待された模造の魔術師。 2021/09/03 脱稿 |
| 幸乃のイメージする、ハリドラの極致。相互依存と相互扶助。 自分のために、は信念が揺らぐと脆く崩れ去るけれど、 誰かのために、は時として自己犠牲をも顧みない強靭さを発揮する。 出合った頃は、向かい合いいがみ合う鏡像だったふたり。 いつか背中を合わせて支え合う、対の関係に発展していただきたいものです。 戻る |