「今年もハーマイオニーに薔薇を送るの？」
「…そのつもりだが？」
　苦い顔つきのハリーの前で、マルフォイが怪訝そうに首を傾げた。




バレンタインの風景U　前編　








　バレンタインを数日後に控えた昼休み、今日も今日とて赤毛の親友は、僅かな時間を工面して温室に走っていった。その背中を見送り、何も知らぬまま、図書館で本を挟んで差し向かうホグワーツの才媛とマルフォイの姿を振り返ったとき、ハリーはとうとう我慢ができなくなって、マルフォイを引っ張り、本棚の影に連れ込んだ。そうして先ほどの問いを発したのだった。
　魔法界でも、マグルの習俗を模したイベントとして、バレンタインが行われている。親・兄弟や恋人へ、日ごろの感謝や思いをカードに託して伝えるものだ。カードにはささやかな（？）プレゼントが添えられることも多い。
　そのイベントで、マルフォイは去年、ハリーとハーマイオニーに、カードと真っ赤な薔薇の花束を贈った。マルフォイの財力を見せつける、それはそれは立派な花束だった。ロンは小さな菫の花束しか用意できなかった。それを彼は今でも苦にしている。今年も結局これしかできそうにないよと、淋しい苦笑いを浮かべて雪を踏みながら温室に通っている。その背中を、ハリーはずっと観ているのだ。お節介だとは思うが、ロンの気持ちを思うと、なにかしないではおれなかった。
「…なんだ？妬いているのか？」
　片頬を引き上げる笑みを浮かべて、マルフォイがからかうような声音で言った。
「違うよ。ロンの気持ちを考えてほしいって言ってるんだ」
「ウィーズリーの？」
「ロンだって、ハーマイオニーにプレゼントをしたいんだ。だからロンのプレゼントが霞むようなことしないでほしいんだ」
　マルフォイが憮然とした顔つきになった。
「…プレゼントは品物の金銭的価値で値打ちが決まる訳じゃない」
　それは、裕福な家庭に育っても心満たされることのなかったマルフォイのコンプレックス。
「わかってる。だけどロンは、それがコンプレックスになってるから、こだわりが捨てられない。達観できないんだ。だから…」
「ふん。だからあいつは馬鹿だと言うんだ」
「そんな言い方無いだろう！」
　図書室故に声を潜めながら、それでも語気だけは荒くなって、ハリーは抗議した。
「貴様も同類だ。鈍感」
　ぐりっと鼻の頭を人差し指で押し上げられた。
「僕が送った薔薇はどうなった？」
「談話室に大事に飾ってあった。それを見るたび、ハーマイオニーは誇らしげにするし、ロンは不機嫌になるし、大変だったんだからね」
　花束のもたらした弊害を思い出して、ハリーは顔を顰めた。
「そう、僕のは談話室止まり。ウィーズリーの花束は彼女の机を彩った」
「え？」
「それだけじゃない。押し花にされ栞になって、今でも彼女の手元で愛でられている」
「そうなの？」
　ハリーは目を瞬かせた。
「本当に鈍感だな。貴様もウィーズリーも」
「…なんでそんなコト知ってるの？」
　ハーマイオニーに聞いたの？僕らの知らない間にそんなに仲良くなってるの？
　不気味なオーラを背負って躙り寄るハリーをうっとうしげに押し退け、マルフォイが微笑した。してやったりとでもいわんばかりの顔つきだ。
「スリザリンでもグリフィンドールでも、女性の甘いもの好きは変わらないようだ。何という名前だったかな、トレローニびいきの二人連れ。デンマークのチョコレート一箱でとても饒舌になってくれたよ」
　ハリーの眼鏡が鼻梁をすべった。
「…買…収？」
「人聞きの悪い」
　そう言いながらも、口元に浮かぶ人を喰ったような笑みは、どう見たって確信犯だろう。唖然とするハリーに、だめ押しの笑みが向けられた。
「グレンジャーの気持ちがどこを向いているかなど、それだけで十分すぎるほど明白だろう。僕が何を送ろうと、どうこうなるようなものじゃない」
「だけど、それじゃロンの立場がなくなるんだ」
「無くなっているのはグレンジャーの立場だろう。そんなものにこだわっているから、彼女の気持ちに自信がもてないんだ」
「ドラコ〜」
　容赦ない言葉に、ハリーが情けない声をあげた。
「喚くな。みっともない」
「喚きたくもなるよ。ハーマイオニーも、ロンも、ちっとも進展しなくて、僕ひとりだけ君といちゃいちゃできないじゃないか〜」
　なんだか今、とてつもなく冷たい目で見られたのは気のせいだろうか？
「…言ってろ。阿呆」
　あれ？ひょっとして、照れた？
　そっぽを向いたマルフォイの表情は肩越しになって見えない。だけど首筋からなんだか赤くなっているような気がする。
「…今の話だと、ウィーズリーは今年もろくなプレゼントを用意できそうにないんだな？」
「うん」
　念を押されて、ハリーは素直に頷いた。
「品は何だ？」
「花だと思うよ」
　足繁く温室に通っているから。だから君がまた豪華な花を贈ったら、今度こそロンは渡すことすらできなくなってしまうだろう。その上、彼は自分の甲斐性の無さにまた落ち込むだろうし、その経過を知らないハーマイオニーも何ももらえなかったことに傷つくだろう。
「つまり、グレンジャーがウィーズリーからの花を喜んで受け取る、もしくはウィーズリーが気持ちよく渡せる状態を作り出せんばいいわけだ」
　マルフォイが、桜色の唇に人差し指を押し当て、思案するように目を細めた。長い睫毛に天窓から注ぐ僅かな陽光が踊っている。光に透ける白金が眩しい。ハリーはなぜかしばらく瞬きするのを忘れてしまった。


　　　＜続く＞
2004/02/11　UP
　
WILD　CHILD　系列なので、この時点でのハリーさんの優先順位は、親友二人に軍配です。