その翌日、ハーマイオニーはひたすら機嫌が悪かった。更にその翌日には、泣きそうに落ち込んでいた。
　ロンとハリーが、慰めながらその原因を問うたが「何でもないわ。私が不注意だったの。大したことじゃないのよ。ほんと、ごめんなさい」と、はぐらかすばかりで、肝心なことは語ってくれなかった。見かねたロンが方々を聞いて回り、なぜだか急に機嫌がよくなったのは、その晩。バレンタインの二日前のことだった。

バレンタインの風景U　後編　




「…なんだか気が咎めるなぁ」
　ホグワーツ名物隠し部屋のひとつで、ハリーが座り悪げに眉を寄せてぼそりとこぼした。
「結果よければ全て良しだろう？これでウィーズリーは自信を持ってプレゼントができるし、彼女も悦んで受け取れるだろう？いいこと尽くめじゃないか」
　向かいのソファーで背もたれに寄りかかり、肘掛けに腕を預けたマルフォイが、手にした杖を弄ぶようにゆらして言った。
「まあそうなんだけどさぁ」
二人の間のテーブルの上には、片手で掴める程度の小さな箱が置いてある。見た目には、古びているほか何の変哲もない木箱だ。この箱の中に、ハーマイオニーのしおりが入っている。決して探し出せぬよう、封印の魔法を幾重にも施して。
　また、マルフォイが口の中で呪文を唱えて杖を振った。しつこいくらいだ。
「なにもそこまでしなくても」
　とことん臆病な質だよなぁとハリーは内心で呆れた。
「阿呆。彼女は魔女だぞ？」
「そりゃそうだけどさ」
　じろりと睨め付けられた。
　目的が定まれば、魔法はそこへの手段を幾つも作り出す。魔法に通じた者は、その方法を幾通りも考えつくものだと彼は言う。
「バレンタイン過ぎたら、返していい？」
「それまで隠し通せたらな」
　箱が小さな音を立てた。彼がもう一度杖を振った。箱が反応して微光を放つ。蒼い光とオレンジの煌めき。ハーマイオニーの追尾の呪文に反応しているのだと彼は言う。
「そらみろ。妥当な処置だ」
「確かに」
　ハリーは箱を見つめたまま、喉を鳴らした。
　マルフォイにどやされ、透明マントを使って例のしおりを盗み出したのはハリーなのだ。ばれたらやばいことになる。
「安心しろ。見つかってはいない。この反応は呪文同士の只の摩擦だ。目的物を見つけた反応じゃない」
　満足げに嘯く横顔に、魔法使いの鱗片が光彩を放った気がした。
「で、お前はどうするんだ？」
　ん？と促すように、挑発するように、見上げられた。ハリーはきょとんと目を瞬かせた。　ウィーズリーが甲斐甲斐しく準備に勤しんでいる隣で、お前はこの僕に何をしてくれるのかな？人の世話を焼く余裕があるくらいだ。とうに準備済なのだろうな？
　にやにやとからかうような表情に、彼の無言の揶揄が滲んでいる。
　二人のことに気を取られていて、目の前の彼へのカードに添える＋αのことなんて、考えていなかった。…やばい。
　ハリーは、乾いた笑いに頬を引きつらせた。


　二日後、マルフォイからの花束を抱えるハーマイオニーに、ロンは自信を持ってカードと小さな花束を贈った。眦に涙の粒を浮かべてはにかむ彼女は、それはもう最高に可愛かったと、その後しばらく、ハリーはロンののろけに付き合わさた。
　うんざりしながら相槌をうつハリーの机には、一輪の薔薇の蕾が陣取ている。去年同様、蛇寮の彼から押しつけられた。その花束から選り抜いた一輪。あえて堅い蕾を選んだのは、なんだか彼に似ていたからだ。その送り主は、今頃寮で寝込んでいるだろう。その顛末は、また別のお話である。
2004/02/13　UP
　
ドラコさんが寝込んでいるのは、もちろんハリーさんのせいです。(^^;)