約束の日「今なんと言った？」 バーノンは目を眇め、向かいの席で相好を崩している甥っ子を見返した。その上機嫌ぶりが気色悪い。我が家に友人を招待できたのが、そんなに嬉しいのだろうか。 あのおかしな学校を卒業した年、甥はここを出ることと紹介したい人がいる旨を、自分と妻にうち明けた。こいつと縁が切れるのは万々歳だったし、珍しく神妙な態度に気をよくして、バーノンはそれを許した。大切な人と言うからにはそういう相手なのだろう。のちのちのためにも、どんな女なのか見定めておく必要もあった。 思えば、これまで彼の友人を家に招くことは許さなかった。招かずとも押し掛けてくるのだ。非常識この上ない。非常識なだけではない。甥に関わる連中は、揃いも揃っていかれていた。関わりを持つと必ず酷い被害を被った。甥一人でも持て余しているのに、非道い話である。我が家は、なんの変哲もない一般家庭なのだ。化け物に太刀打ちなどできない。関わり合いにならないのが最上の選択というものだ。招くのは今度が最初で最後、これで魔のつく全ての事柄から解放される。それを楽しみに、バーノンは最後の日を指折り数えた。 約束の７月３１日、甥は一人の青年を連れて帰ってきた。生地からして上等なスーツをまとった痩身の青…だろう。えらく美形ではあるが、女には見えなかった。甥に引けを取らない長身、なにより喉仏が出ている。男だろう、これは。 所作は洗練されており、甥と同じ学校の生徒とは思われないほど優雅だった。妻は一目で気に入ったようだ。テーブルに出された菓子が、予定していたあり合わせの焼き菓子から、極上のブランデーケーキに変更されている。紅茶も数ランク上の品が振る舞われた。 バーノンは憮然としていた。そういう相手を招くと思ったから、わざわざ相応の用意をしたのだ。ただ単に友達を呼ぶだけならば、こんな用意は必要なかった。 只でさえ機嫌が悪いところに、先ほどの発言である。人をおちょくっているのかと怒鳴り散らしたくなる。もっともこの綺麗な青年も例の魔のつく人種だから、下手な真似はできないが。 「わざわざ紹介したい人がいるともったい付けおって。学友殿か？」 バーノンの不機嫌を察することなく、甥はヤニ下がった顔で同伴した男の肩に腕を回して引き寄せた。 「だから、僕の大切な人ですってばｖ」 甥の発言が理解できなかった。こいつは、魔のつく世界につかりすぎて、とうとう母国語も忘れてしまったのだろうか。本気でそう思った。 バーノンは、まじまじと甥っ子の連れを眺め回した。どう見たって男だ。男装の女性には見えない。頭痛がしてきた。 （とうとう言語にまで異常をきたしたか。） やっぱりあちらの世界は、こちらとは違うようだ。そういう言葉は、恋人を紹介する時に使うべきものだ。友人を紹介するときに用いるものではない。７年間の学校生活の成果がこれとは、やはりあの学校はろくでもない学校だったのだ。バーノンはがっくり肩を落とした。 「おじさん？どうしました？」 「いいかポッター。我々は、お前がそういう相手を連れてくると思ったからこそ、わざわざ時間を裂いてやったんだぞ？それを…」 「だから、そういう相手です」 「へ？」 「僕、ここを出て彼と暮らします。今日はその報告がしたくて」 へらぁっと笑われて、背筋が寒くなった。理解したくはないが、そう言う意味でいっているとしか思えない。世で言うところの同性愛者…。どっと疲労感が吹き上げてきて背もたれに反っくり返った。なんという罰当たりな。魔法の上に同性愛とは。甥はどこまで人道を外れる気なのか。 「…まあ、どうしましょｖ」 妻も隣で狼狽えている。…妙に嬉しそうな気もするが、こういう場合狼狽えるのが普通なのだ。だから、彼女は狼狽えているのだ。そうに決まっている。 ずっとケーキを食べ続けていた息子が、皿から顔を上げた。 「お前の学校、そんなのがゴロゴロいるのか？」 「彼は特別！」 「男子校だったっけか？」 「共学だよ」 「今度卒業写真見せろよ」 卒業写真をどうするつもりなんだ!?ダドリー!!バーノンは心の中で突っ込んでいた。そりゃあ、この甥にこれなら、うちのダドリーならもっと上を狙えるだろうが、だがしかし、そいつは魔のつく世界の住人なんだぞ!? 「今度があったらね〜」 あしらうような口調の甥に、あってたまるか!!と、バーノンは心の中で叫んでいた。 「あら、たまには顔を見せなさいよ。お茶くらい入れて差し上げるわよ。もちろん、お隣の彼と一緒にｖ」 「ご迷惑では？」 「あら、どうして？」 「ポッターが、こちらでずいぶんといい扱いを受けたと聞いておりますが」 「嫌だわぁ。そんなでたらめを」 「僕、本当のことしか言ってないけど？」 「こういうかわいげのない子だから、そういう風に曲解するのよ。ほんと父親似で、こまってしまうわ」 「父さん似？」 「そうよ、似てるのは外見だけじゃなかったのね。親子揃って、ものすっごい面食い」 「父さんも？」 「私の姉さんなのよ、貴方の母親は」 見事な姉妹自慢だ。バーノンは脱力感に襲われてソファーの上で身悶えた。どう聞いても、同性愛者のカミングアウトだろうに、妻も息子も驚くどころかあっさり順応している。 （なぜだ？どうしてだ？こういうのは普通じゃないだろう!?） 家族で守ってきたはずの常識が、足元から崩れていく音が聞こえた気がした。 １７年前のハロウィンの日に始まって、今日終わるはずだった悪夢の日々。甥が保護者を必要としなくなるまでの、仮親の約束。それが一方的な延長勧告を告げた、夏の日の午後であった。 2004/07/31 脱稿 |
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