WILD CHILD番外 アクシデント「…起きてたの？二人とも」 夜露に濡れたローブを乾かそうと談話室に降りたハリーを、眠そうな顔のロンとハーマイオニーが待っていた。 「独りで戻ってきたの？」 ハーマイオニーが信じられないとばかりに両手で口元を被った。ハリーは憔悴したような苦笑を浮かべて頷いた。 「どうして引き留めなかったの？マルフォイを闇の陣営に行かせるなんて…」 「彼が望んだから」 「貴方はそれでいいの？」 責めるような声だった。 「引き止めたら、ドラコは泣くよ。僕らに隠れて、あの父親のために泣くんだ…。僕は彼を泣かせるのは嫌なんだ」 「彼は家族思いだからね」 仕方がないのかも知れないと、ロンが辛そうに顔を顰めた。 翌朝には学校中に知れ渡っていた。ドラコ・マルフォイが学校を去ったこと。 誰もが彼を惜しみ、ハリーにお悔やみを言った。生徒達の言葉をにこやかに受け流しながらハリーは思った。まるで死んだみたいな扱いだ。彼は生きているのに。父親の元に戻っただけなのに。 これは復讐かもしれない。 ときおりそう思った。 ドラコの白い肌に顔を埋めながら。彼を腕に抱き、睦言を囁きながら。 自分に溺れたドラコを愛おしみながら、心の片隅に醒めた自分がいた。 ルシウス・マルフォイは、ヴォルデモートの配下だった。奴の主が、ハリーから父と母を奪った。 ドラコを傷つけたのは、彼が奴の子供だったから。胸が悪くなるくらい、かわいげのない嫌な奴。ハグリットだって罵っていた。あの家族はみんな嫌な奴なんだと。彼は父親と同じだと。 因果応報だと思った。 悪い奴だから、仕返しをされるのは当然だ。日頃の行いに反して可愛い奴なのだと知ったのは、手を付けてから。こんな親思いな子供を持っているルシウスが妬ましくなった。 （僕から家族を奪ったくせに、どうして奴は家族に恵まれる？そんな資格があるのか？） だからハリーは決めたのだ。奴にも同じ苦渋を味あわせてやると。 奪い取ってやる。たった一人の奴の子供。後継者として生を受けた一粒種を。 家族を奪われるのがどれだけ辛いことか。どれだけ悔しいことか。奴に思い知らせやろう。 ドラコを自分のものにしてしまおう。心も体もなにもかも。 どうすればいいのか、ハリーにはわかっていた。ドラコの飢餓を満たしてやればいいのだ。彼が欲しながら父親が与えなかったもの。それに見合う行いで彼をいっぱいにしてやればいい。 彼がなにに飢えているのかは、手に取るようにわかった。環境こそ違え、ハリーもまたそれを求めた子供だった。 欲しいのは、両親の抱擁。大切な家族への好意的な理解。虚勢で武装した臆病で頼りない彼を素のままに受け入れてくれる存在。 籠絡するのは容易かった。 「側にいて。僕の隣りに。僕には君が必要だ」 耳元で囁く。何度でも。 （君は僕のものだよ。あいつの元になんて返さない。僕の隣にいて。僕の人生を贖って。君自身の人生で！） ドラコが去ることは、わかっていた。 父親から命ぜられれば、彼は従う。そのように育てられた子供だから。 だけどもう遅い。 闇の中でハリーは嘲笑った。 ざまあみろ。ルシウス。 僕の勝ちだ。ドラコは僕のものだ。彼は僕のところに心を置いていった。おまえがなにを命じても、もう遅い。彼はおまえの言いなりにはならないだろう。僕と貴様の狭間で悩み、おまえの意のままに動くことはない。 おまえの家族を奪ってやった。 憤ればいい。歯噛みして、怒れ。僕がそうしたかったように。 これは復讐かもしれない。だけど…。 「…リー、ハリー！」 怒鳴られるように呼ばれて、ロンが隣にいるのに気が付いた。 「あ、ごめん。なんだったけ？」 窓枠に腰掛けるようにして空を眺めていたハリーは、緩慢な所作でロンを見上げた。 彼は困ったようなどこか痛むような複雑な顔をしていた。傍らのハーマイオニーがハンカチを差しだした。 「なに？どうしたの？」 「ハリー。君泣いてるよ？」 「わかってる？その泣き方。昔のマルフォイみたいなのよ？」 ハーマイオニーに言われて、ハリーは頬に手をあてた。濡れていた。 「…あれ？どうしたんだろう」 「貴方馬鹿よ。大馬鹿者よ。どうして…。どうしてマルフォイを手放したの」 もらい泣きしたーマイオニーが、抱えるようにしてハリーの頭を抱きしめた。暖かくて、柔らかくて、甘い香りがする。人肌の暖かさが、心を和ませる。でも違う。欲しいのはこの暖かさではない。彼女の暖かさは、ドラコとは違う。 「…ごめん。ちょっとおかしいみたい」 どうしてだろう。胸が痛い。 ドラコがいない。彼がいない。傍らにあるのが当然だった温もりが、今はない。 彼の中にハリーが巣喰ったように、ハリーの心も彼に喰われていたらしい。 これはアクシデント。計算外の出来事。 彼が恋しいなんて。手放したことを後悔するなんて。 「ねぇ、ロン。僕は彼に勝てるだろうか？」 2002/2/9 脱稿戻る
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