アルプスにて





「…熱い」
　ホテルのソファーに突っ伏して、ドラコが呻いた。

　夏のバカンスを涼しいところで、と張り切ってスイスを訪れたふたりを待っていたのは、異常気象のおかげで暑いを通り越して熱い避暑地の現実だった。
　本来の涼しい気候が災いし、この国の建築物には、冷房施設というものがほとんどない。分厚い石造りの壁が護る石蔭の涼しさだけが涼の全てだ。酷暑に喘ぐロンドンを脱出してからここにつくまでの不快な旅路を、涼しい避暑地を思い描いて堪えてきただけに、この現実はドラコをふてくさせるのに十分すぎた。
「異常気象なんだって」
　ハリーはなだめる口調でドラコに説明した。窓を全開にして、風の道を確保するのが精一杯。そんなお粗末な現実に、彼が納得するはずないのだけれど。
「異常？自業自得だろう！マグルが環境を破壊するから、地球の生態系や環境のバランスが崩れて、おかしなことになってるんだろう！違うか！そんなの異常でもなんでもない！」
　吐き捨てるようにまくしたて、ドラコが杖を振るった。今年２３になる僕らは未成年魔法使いの制限事項令を気にする必要がない。
　ぼんっとクラッカーの弾けるような音と共に、部屋のど真ん中に、見上げるほどの氷柱が出没した。
「なっ！溶けたら滴で部屋が濡れちゃうよ！？」
「うるさい」
　もう一度、杖が振られた。部屋の内側に、薄衣の帳が張られたような気配がする。彼が結界を張ったのだ。
「これで溶けない。マグルにも見えない。文句はないな？」
文句はあるが、それ以上に嬉しい事実に気がついて、ハリーは頬が緩んだ。
　以前の彼なら、気にくわなければその場で帰ってしまったろう。それなのに、今の彼は、文句を言いつつもハリーを残して踵を返すことはしない。過ごし辛さより、環境を自力で整えてまで、自分といることの方を優先させている。
　うわぁぁ可愛すぎる…。へにょんとヤニ下がり、ハリーは幸せを噛みしめた。
「？なにを変な顔している？文句があるなら、おまえはそこにいろ」
　邪険に言い放ち、ドラコは氷柱にしなだれかかった。よほど気持ちがいいのだろう、吊り上がっていた眦がもとの綺麗なラインに戻る。彼の指が掌が頬が触れた氷面が、人肌の熱にゆるゆると溶けてゆく。溶けた滴に濡れることなどかまわず、ドラコはすりすりと頬ずりをする。その愉悦に満ちた顔つき。
　どくん。火照っていた熱が、一所に集まりだした。
「狡い！」
　ハリーは喚いて、ドラコの結界に踏み込んだ。
　氷柱に腕を回し、顎を癪ってドラコが微笑した。
「狡い？これは僕のだ。欲しければ、貴様も自分で作れ…！？」
　しゃくった顎を掬い上げ、口角を舐めて口付けた。深く深く。身を捩る彼を氷柱に押しつけ舌を絡め、猛る熱を、氷ではなく、彼の躰で鎮めにかかった。
「っぁ…ハリーっ」
　氷柱に背を預けさせ、しなやかな両足を肩に担いで立ち上がり、勝ち気な恋人を己の雄で貫いた。不安定な体制に、彼がしがみついてくる。氷柱に勝った心地で、ハリーは背を反り、氷から彼を奪い取って、抱いたまま隣のベッドルームに引き籠もった。

　結果として、ドラコの魔法はばれなかった。
　だけど、開けっ放しの窓の外、音にまで気を回さなかったのは僕らの落ち度。その日の夕食時から、バカンスが終わって宿を引き払うまで、ホテルの僕らへのサービスは、恋人同士に対するそれに際限なく近かった。
2003/08/22　UP
　
　落ちてないけど、終わり
これは去年の夏のお礼SSだったものです。
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