バースディケーキ






「え〜〜〜！？これ？」
　思わずでてしまった落胆の声。それまで得意げだったマルフォイが、むうぅっと頬を膨らませた。
「何が不満だ！？ハリー。この僕が、こうしてわざわざ用意してやったというのにっ」
　胸を反らして言い放つ恋人に、ハリーは本気で頭を抱えたくなった。
　彼の居丈高な態度は今に始まったことではない。これだって立派に彼の魅力のひとつであったりもする。それを含めて彼にベタ惚れしている自分ってものも十分分かっている。だけど、それにしたってあんまりだ。
　ハリーはげんなりと肩を落とした。その所為でマルフォイがことさらヒステリックに喚いたが、この際聞こえない振りをした。
（僕のリクエストは、手作りケーキだったのに…）
　目の前のテーブルに並んでいるのは、こんもりとホイップクリームが盛られたボール、スポンジの角切りが載った皿、カットされたフルーツの盛り合わせ、蜂蜜・メープルシロップ・フルーツソースとおぼしき複数の瓶の列。
　とうていケーキの完成型には見えない。
（なんで〜！？どうして〜っ！？）
　滂沱の涙が心で流れた。
　物心ついてこの方、家庭的な雰囲気とは縁遠い生活を送ったハリー・ポッターは、学生時代その典型のようなウィーズリー家を眺めて暮らしたおかげも相まってか、家庭的雰囲気に対する憧憬が著しかった。魔法界屈指の名門マルフォイ家の、しかも一人息子という、これまた彼以上に家庭的とは縁遠い恋人を獲た今でも、それは変わらない。
　恋人も自分も味わうことのなかった憧れの世界。無い物ねだりのわがまま英雄様は、機会さえあれば、それを味わおうと、マルフォイ曰わく不毛な労力を費やしては、彼の冷笑を誘っていた。
　今回もそうであった。
　これまで誰にもリアルタイムで祝ってもらえなかった誕生日。叔母一家から独立したことで、ようやくその夢が叶えられることになった。プレゼントはないが良い？問うたマルフォイに、ハリーは即答した。「手作りのバースデーケーキ！」と。
　で、その結果がこれである。男泣きにもなろうというものだ。
　なるほどマルフォイは家事に長けてはいない。だがしかし、魔法薬の実験はそつなくこなしていた。決して不器用なわけではないのだ。バースデーケーキがどんな形をしているかも知っているはず。ああ、それなのにそれなのに。このまま皿を突き出され、「好きに盛りつけて喰え」とか言われてしまうのか？それってあんまりじゃないか？
「貴様…なにか勘違いしているな？」
　苛ついた低い声に、ハリーは現実に引き戻された。
　テーブルを挟んで、マルフォイが眉を引きつらせていた。
「…だってケーキ…」
　未練がましく呟いた。
「阿呆っ。適当な器がなかったんだ馬鹿者！」
「器？」
「そうだ。これをガラスの器に盛りつければ完成だ。じき届く。おとなしく待て」
「…ひょっとしてトライフル？」
　あり合わせのスポンジ片にシロップを含ませ、カスタードとホイップクリームとフルーツとで、交互に器に敷き詰め冷やしていただく、家庭的なお菓子。
「ありきたりなケーキではつまらないからな」
　ふいと反らされた目線。ハリーは直感した。何事も高級志向のあのマルフォイが、わざわざ庶民的なデザートを選んだのだ。家庭的にこだわる自分のために。
　胸の奥から愛しさが込みあげた。痛いくらい嬉しい。
「遅いぞ！」
　窓から鷲ミミズクが飛び込んできた。届けられた硝子のボールにトライフルが詰められてゆくのを、ハリーは目を細めて眺めていた。なんだろう。ものすごく嬉しい。どんな高価な贈り物より、彼が手ずからこうしてくれていることが、こんなに嬉しい。
「？なんだ気色悪い」
　トッピングのフルーツを飾り終え、布巾で手を拭いていたマルフォイが、こちらを向いて胡散臭そうに眉を顰めた。
「…え？ああ、材料まだ残ってるなぁと思って」
「ん？ああ、残ったな」
「もう一つ、作れそうかな」
「欲張りだな。もう一つ、皿を取り寄せるか？」
「あのさ、器は僕が選んでも良い？」
「…本来ならカットグラスのボールでないと承知しないが…。まあ、貴様のケーキだからな。好きにしろ」
「うん♪」
　ハリーは満面の笑みを浮かべた。
「じゃぁ、目を閉じて♪」
「？」
「とっておきの器を用意するから♪」
「器？」
「うん。だから目を閉じて？」
　渋々マルフォイが目を閉じた。ハリーはボールのクリームを掌にすくい取り、マルフォイの頬に塗りつけた。
「なっ！？気でも触れたかっ？」
　マルフォイが目を見開いて身を引き、手の甲で頬を拭おうとした。ハリーはその腕を掴んで引き寄せ、体勢を崩した躰を掬い上げて抱き上げ、隣室のソファーに運んで縫い付けた。
「やだなぁ。盛りつけだよ♪」
「はぁ？」
　絶句寸前のマルフォイの鼻先にキスを落として、シャツに手をかける。
「どうして押し倒す？！なんで脱ぐ必要がっ！！」
　ハリーの手を払いのけようと藻掻くマルフォイから、馴れた手つきで衣服を剥ぎ取り、顕わになった膚に、魔法でキッチンから呼び寄せたトライフルの材料を塗りつけた。カスタードクリームがぬめり、生クリームが人肌の温度に溶けて滴る。ハリーは唇を寄せてそれを啜った。
「美味しい♪」
　満面の笑みで頬を舐め挙げれば、マルフォイがチェリーより紅く熟れた。まさに食べ頃だ。

　器ごと美味しくトライフルをいただいて、ハリーは至極御機嫌でぐったりとソファーに突っ伏すマルフォイに感謝のキスを送った。
「手作りって最高♪すごく美味しかった。来年も作ってね♪」
＜終＞　　2005/07/31　up
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ハリーさん、お誕生日おめでとう。