WILD　CHILD　〜極光〜



５６




　
　もう一度だけ、振り返った。
　月明かりに浮かぶ校舎は、おとぎ話のようにかすんで見えた。
　はじめてキスをしたあの日、ふたりは特別な友達になった。沢山怒って、沢山泣いて、沢山笑った。かけがえのない思い出を数え切れないほど作った。そのすべてが、そこにある。
「さようなら」
　結局、こうなった。
　父親はあの方のもとに走った。校長も先生方も、寮生もクラスメートも、彼を責めたりはしない。嬉しくて苦しかった。いっそなじられた方が楽だった。あの方の片腕に返り咲いた父。その息子の在学を、父兄達は許さないだろう。彼らの好意に甘えることはできない。
　青白く照らされる道を、トランク一つを携えて歩いた。
　先に立った影が道を急す。草の香りが立ちこめ、胸が一杯になる。
　ローブが露を含んで重かった。
　曲がりくねった道の途中に、誰かが立っていた。薄闇でもわかる。見慣れた背格好、整わない寝癖頭。
「やあ、ハリー。こんな時間に、散歩かい？」
　自然に笑えた。やつも、いつものぼうっとした顔だ。お互いこうなることはわかっていた。承知の上での日々だった。
「行くの？」
「…うん。父上が呼んでいるんだ」
　まだ未熟な自分を呼び戻そうとする便りに、孤独の影を見た。父には自分しかいないのだ。
「必ず迎えに行くから」
「期待しないで…待ってる」
　泣いたら終わりだと思った。
　触れるだけのキスをして、別れた。



　二本に分かれた道が再び一つになるときはあるのだろうか？
　何時訪れるか知れない、ひょっとしたら来ないかも知れない、その時。
　たった一つに約束を胸に、彼の学生時代は終止符を打った。


END
2002/2/8　脱稿
長期連載におつき合い下さり、ありがとうございました。
宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」挿入歌「いつも何度でも」が、この節のイメージソングです。浸れますので聞いてみて下さいませ。ではでは。

←　　↑