合法ドラッグ

ACT　１　子供の事情１
　

「あ〜あ」
投げやりな嘆息とともに、ジョミーは自室のベッドに、背中から倒れ込んだ。見上げた天井の照明灯が、目が痛くならない程度の明るさで、室内を照らしている。
　計算された人工の光。
　この船は雲海に潜んでいる。窓さえあれば、降り注ぐ陽光を浴びることができるのに、厚い装甲に隔てられ、陽光はおろか、風のそよぎすら感じられない。
（息が詰まる）
　いらだつまま照明器具に八つ当たりしそうになって、ジョミーはあわてて寝返りを打ち横臥した。ベッドサイドのサイドテーブルに赤い木の実が乗っていた。自分は持ち込んでいないし、留守の間に人が立ち入った気配はないから、泣きネズミが持ち込んだのだろう。
（この実は艦内で穫れるんだっけ）
　この前、子供達が収穫を手伝ったのだと自慢していたのを聞いた覚えがある。とはいえ、館内での食事はその大半が宇宙食を応用した合成食品を素材としている。そうヒルマン教授に教えられた。
（味気ない）
　生きるのに必要なカロリーを摂取するためだけの食事なんて、家畜の飼料と同じだ。
（おいしくない）
　食べることが楽しめないなんて、考えたこともなかった。食事は、遊びの次に大好きな時間だったのに。
（ママの手料理が懐かしい）
　そう思った途端、目の奥が熱くなって、鼻の付け根が痛んだ。ジョミーはベッドに突っ伏し、シーツに顔を埋めた。
　臭いが大嫌いだったピーマンも、セロリさえも、今だったらマヨネーズのお世話にならずとも丸かじりできると思う。好き嫌いばかりいっていてごめんなさい、ママ。ママ。ママ！！
　息を詰め、唇を噛みしめ、わめきたいのを必死でこらえる。
　思念を使いこなせない自分の感情の起伏は、艦内に筒抜けだ。こんな事ではまた嗤われる。
　ママの記憶を持っていることがうらやましいといわれても、正直ぴんとこない。ママを知らない彼らに、ママを恋しがる気持ちは理解されず、ママを想って枕を濡らすと、決まって翌日は艦内のあちこちで、遠巻きに好奇な目を向けられる。その居心地の悪さといったらない。
　感情のうねりが収まるのを待って、ジョミーは再び仰向きに寝ころび、四肢を投げ出した。照明灯を視界に入れるのが嫌で、掌を額にあてがう。
　ひやりとした布の感触。木綿でも、ナイロンでも、絹でもない。よくわからない宇宙服の素材。ジョミーは手袋を引きはがし、ヘッドボードの方に放った。
　なるほど教授が自慢するとおり、見た目に反して、蒸れもしないし、違和感もない。しっくりと手になじむ。
（んでも、なんか違うんだよな）
　その「なにか」が掴めそうで掴めない。もどかしさに、ジョミーは起き上がり、ブーツも脱ぎ捨て、胡座をかいた。
（そう、この感じ）
　素肌に直に触れる布の感触。動きにそって生まれる布の波に、手を滑らせ、足を乗せる。
（くすぐったい）
　ジョミーはくすくす笑いながら、布の感触を追った。動くたび、波は形を変えてジョミーを誘う。彼は時間を忘れて戯れ続けた。
　空調も証明も快適となるよう管理されている船内。味気なく感じるのは汗をかくことがないからかもしれない。アタラクシアにいた頃は、校庭を、公園を、ボールを追いかけ、サム達と駆け回った。毎日、汗だく、泥だらけで、よくママに呆れられたっけ。
　ここには、駆け回る公園も、友達も、ない。
（立派な大人になる）
　そうママに約束して家を出たのはほんの数日前の事。
（立派な大人ってなんだ？あのまま記憶を消されていたら、僕は立派な大人になれたんだろうか？）
　ママのことは忘れたくなかった。サムのことも、パパのことも。記憶を消さなきゃ立派な大人になれないなんてなにかがおかしい。だから、ブルーが説くことには耳を傾けられた。
（ねえブルー、立派な大人って、あなたのような人をいうんですか？）
　問うたら彼はどんな顔をするだろう？僕よりほんの少し背が高いだけの、少年のような姿をした最長老殿は。
　赤い瞳に銀の髪。これまで出会ったことのない配色は、異質すぎて新鮮だった。自分がこれまでとは違う世界の住人になったことを思い知るのには十分だった。
　こんな人が存在している世界がある。
　アタラクシアの外に、僕の知らない世界は確かにあるんだ。これは現実なんだと。自分の所為で寝付いてしまった彼の病床を見舞う度、自分の置かれた現実と、しでかしたことの大きさを、突きつけられた心地で息が詰まった。胸が痛くなった。ママと二度と会えないと悟ったときより、ひどい息苦しさに襲われた。それでも彼に会えない日は落ち着かない。息苦しさや胸の痛みより、その方がつらかった。眠っていてもいいから、彼に会いたい。僕を必要だといってくれるあの人に。
　声を聞くと落ち着くんだ。
　赤い瞳を見つめていると時間を忘れるんだ。
　頭をなでてもらえたらきっと踊り出してしまうかもしれない。
（…なんか、僕って馬鹿みたいだ）
　回想が想像を通り越して妄想に突入したあたりで、ジョミーははたと我に返り、膝を抱えて座り込んだ。
　元来、考えることより体を動かす方が好きなのだ。広いとはいえ閉鎖された艦内、好きに歩き回ってかまわないといわれたところで、行く先々で住人達の奇異な視線にさらされては自然と出歩く気力も萎える。食堂と自室と教授の講義室とシュミレーションルーム、そしてブルーの寝室、その往復だけで日が過ぎた。単調な毎日は時間感覚を鈍らせ、やる気のなさに拍車をかける。結果、集中力はことさら低下し、長老達の大目玉と嘆息とを誘いまくり、最後は逆ギレして艦内に癇癪思念波をまき散らして、盛大な失笑を買う。今さっきしでかしたことを思い出して、ジョミーは頭が痛くなった。
　ごとん。膝を抱えたまま後ろに倒れ、惚けたように時間をつぶす。
（公園で遊びたい）
（ママに会いたい）
（サムと遊びたい）
（外に出たい）
（太陽が見たい！！！）
　ここは地上よりはるか上空の雲海の中。太陽はグランドで見上げていた頃より近いはずなのに、見上げることすらかなわない。どんなに目をこらしても、見えるのは天井ばかりだ。
　もどかしさに息が詰まる。はき出せばまた癇癪思念波をまき散らすとわかっていても、こらえきれなくなったとき、なにかがジョミーの髪をなでた。
　驚いて跳ね起き、きょときょと室内を見回すジョミーの頭に、彼の声が優しく囁いた。
（そいうときこそ思念波を飛ばせばいい。君ならきっと太陽の裏側まで飛べると思うよ？）
「ど、どうやって？」
（難しい事なんてない。ただ念じればいい。太陽を見たいと、そう願いさすれば、君はどこにだって飛んでいける）
「本当？」
（ああ、僕が保証する。君にならたやすいことだ。さあ、念じてごらん）
　促されるまま目を閉じ、脳裏に紅い星を描く。蒼天に瞬くまぶしい太陽。
　次の瞬間、ジョミーは裸足のまま、ブルーのベッドサイドに突っ立っていた。
「あ、あれ？」
（太陽を想ったんじゃなかったのかい？）
「え、え〜とぉ」
　言えない。紅い惑星があなたの瞳に重なったなんて。あなたの瞳を思い出した途端、ここにいましたなんて。
「…失敗したみたいです」
　嗚呼、赤っ恥。ジョミーは恥ずかしさのあまり紅くなって項垂れた。大丈夫だっていってくれたのに。僕ならできるっていってくれたのに。呆れられたらどうしよう。
（念じた先に飛べなかったら失敗というけどね。ジョミー、君が念じたのは、太陽かい？それとも…）
「あなたは意地悪だ」
　あ、失敗。ちょっと涙声になちゃった。だけど、ゆるみだした涙腺を締め直す方法なんて知らない。
（そう？）
　八つ当たりでしかない責め言葉なのにブルーはどこか楽しそうだ。
「そうですっ、僕はっ」
（僕に会いに来てくれたんだね）
　動かない、いいや、動けない彼の代わりに、暖かい思念が、髪を、頬を、なでてゆく。その温もりに、こらえていたものがあふれ出す。だけど唇がわななくだけで、もう言葉にならない。
　ジョミーはひざまずき、ブルーの手を取って頬に押しつけた。もう泣くまいと決めていたのに、涙があふれてくる。他人に覗かれるのが嫌で、押し殺してきた感情が、想いが、止めどなくあふれて止まらない。
（助けて！）
　制御を失った悲鳴は艦内の空気を切り裂くのに十分すぎるほどで。涙にしびれた頭の奥で、また明日みんなに嗤われる、とぼんやりと思った。
（大丈夫。心配はいらない）
（ブルー？）
（この部屋は誰にも覗けない。ここは僕の空間だから）
（じゃあ…）
（ここでのことは誰にも知られはしない。安心おし。もっとも、僕には筒抜けになってしまうけれど…）
（いいです！あなたにならかまいませんっ）
（そう、いい子だね）
　頭頂に暖かい思念をひと撫でふた撫で感じて、ジョミーはぷーっと頬をふくらませた。
（子供扱いは嫌です）
（ああ、すまない。もう自力でテレポートできるようになった君に失礼だったね）
　いわれて初めて気がついた。自分が、実体でここにいることに。
「ついでだから、テレキネシスの練習もしてみるかい？」
　ブルーの肉声に驚いて顔を上げた。あれほど焦がれた紅い瞳が、自分を見つめている。どくりと胸が高鳴った。
「冷たいだろう？」
　視線に促された先に目をやれば、自分の素足が目に入り、ばつが悪くてブルーを見返せば、彼はおかしさに耐えるような顔つきで笑みをこらえているようだった。これでは子供扱いは嫌だなんて、それこそ子供がだだをこねているようにしか聞こえていないんじゃなかろうか。
（もう子供じゃないのに）
　ジョミーは耳が紅くなるのを自覚した。だけど引く気にはならない。一秒でも長くここにいたい。ここに、ブルーのそばに。
「あなたが教えてくださるんでしたら」
「いいよ。まずはブーツを取り寄せてみようか」
　あっさり承諾されて、促されるまま彼の手を握り直した。



　ジョミーが自室から姿を消したと知らされて、ハーレイは、咄嗟に最悪のシナリオを連想して青ざめた。が、すぐさま思い直してソルジャー・ブルーの寝室に足を向けた。案の定、探し人はブルーの枕辺に張り付いていた。
（この問題児がっ）
　思念派を使いこなせない相手に、思念波代わりにガンを飛ばせば、ひるむどころか睨み返してくる。
（ソルジャーはおまえのママじゃないんだぞ！？）
　頭ごなしにしかりつけてやりたいが、病人の前でそれは憚られる。ハーレイは大人の余裕と威厳を保ちつつ、ジョミーを部屋から引きずり出した。
　退出際、「ジョミーがね、テレポートとテレキネシスをマスターしたんだよ」と語るブルーの様子はうれしげで、彼の喜びはそのまま自分達の喜びでもあるのだけれど、それらを教え導くのは、本来、彼の教育を託された長老達の職務なのだ。衰弱している彼の手を煩わせたことに、申し訳なさとやるせなさが募る。
「早く一人前になって、ソルジャー・ブルーを安心させてやってくれ」
　追い打ちにしかならないとわかっていても、つい口をついて出てしまう繰り言。つぶやいてから我に返り、またも癇癪を起こすかと身構えたハーレイに、先を歩いていたジョミーは振り返ることなく短く返した。
「努力します」
　ハーレイは瞠目した。その一言を、長老達は引き出すことができずにいたのだ。これならば、明日からの訓練は実のあるものになるだろう。
　どうやら今回は、最悪のシナリオは回避できたらしい。
（ソルジャー・ブルー、あなたはどんな魔法を使っているのですか）
　本来ジョミー・マーキス・シンには三つの選択肢があった。アタラクシアに帰り処分される道、シャングリラでソルジャーとして生きる道、そしてもう一つの選択肢。それはジョミーにとって生き易く、我らミュウにとって益にならぬ道。その可能性気づかせず、絡め取ってソルジャーへの道を歩ませる。
（ブルー、あなたはご自分がどれほど残酷なことをしているのか、自覚がありますか？）
　問えない問いを自身の中に沈めて隠す。そう、これは問うてはならない問い。ジョミーはブルーが何かにつけてすぐに謝ると苦笑するが、詫び続けたくなる道を彼はジョミーに歩ませようとしている。だがそれは私欲からの行いではない。我らミュウのためだ。そしてこの三百年を彼がどう感じていたのかを表す心情の吐露。永い歳月をともに過ごした我ら長老達にすら見せることのなかったブルーの本心。
（ジョミー、私は君がうらやましい）
　比肩する存在を持たなかった長の、最初で最後の理解者たり得る君が。

＜終＞　　2007/07/06 UP
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ACT2　子供の事情　２

１

＜続＞　　2007/07/07 UP
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２

＜続＞　　2007/07/08 UP
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３

（なになさってるんです？）
　突然響いてきた声に、ジョミーはまどろみかけていた意識を引き戻された。
　目を開ければ、真上に逆光を浴びたリオの顔がある。あわてて飛び起き、状況を思い出した。
　思念波の受け取りすぎで頭痛に襲われ、その所為か体が火照った。引かない熱をもてあまし、人目がないのをいいことに、熱の発散とばかりに冷たい金属の床に寝転がっていたのだ。
　上半身を起こせば、脇でちょこんとしゃがんでいるリオと目線がかち合った。案じる様子がにじむ瞳に、ジョミーはかなわないなぁと肩で息をついた。
「何でもないよ、熱かったんだ」
（空調が合いませんでしたか。設定温度を下げましょう）
　すっと立ち上がり、壁のパネルに向かったリオを、ジョミーは慌てて制止した。
「いいよ！そんなんじゃないんだっ」
（そうですか？）
　ジョミーの慌てっぷりは思念を読むまでもなくあからさまだ。リオはそれ以上困らせるのも悪いと思い、踵を返し、床にてんでばらばらに置かれた手袋を拾い上げ、手元で整え、ジョミーに差し出した。
「…ありがとう」
　受け取るとき、眦に僅かに朱が刺した。行儀の悪さを自覚しているのだろう。
（退屈されてるのですか？）
　話題の切り替えついでに本題を切り出す。ジョミーには回りくどく言うより、こちらの方が効果が高い。
「え？あ、あはは…」
　乾いた笑いが白々しい。笑ってごまかすつもりかな。
（ジョミー？）
「ちょっと体動かしたいなぁって思っただけだよ。けど、ここではできないだろ？」
　上目使いに見上げられると、ソルジャーが彼に甘い理由がわかる気がする。
　リオはアタラクシアでの活動に従事していた。彼の地での彼の有り様を知っているから、今のジョミーが、本来の快活さを欠いているのがわかる。降り注ぐ陽光の下、野原をかけていた彼には、シャングリラは狭く窮屈なのだ。
（トレーニングルームで汗を流されては？）
　リオは自分たちが普通にしていることを提案してみた。途端、ジョミーが眉根を寄せた。
「ああいうの苦手なんだ。なんか機械に運動させられてるみたいでさ。楽しくない」
　言葉と一緒に、鮮明なイメージが伝わってきた。無機質なフロアに整然と並べられた器具。インストラクターの立てたメニューに従って黙々と単調な動作を繰り返す大人達。近づき難い雰囲気だ。
　ジョミーにはこう見えていたのか。今更ながら感覚の差に驚かされた。
　リオはジョミーのアタラクシアでの生活を思い出してみた。彼にとって、体を動かすとは友達とのスポーツであり、それはそのまま遊びだった。その感覚からすれば、なるほどトレーニングルームは選択肢に入らない。
（それで「退屈」なんですね？）
　ジョミーがうなずいた。
（ではジョミーはなにがしたいのですか？）
　問われて、ジョミーは手元に視線を落とした。無理だってのはわかっている。でもリオが相手してくれたらできるんじゃないかな？ちょっとだけ期待してみる。
「サッカーとか、バスケとか。ここでは誰もしないの？」
　子供達が広場でボール遊びをしているわけだから、ボールはあるだろう。けど、大人達がスポーツをしている場面に出くわしたことがない。ジョミーにはそれが不思議でならなかった。
（そういうスポーツはしませんねぇ）
「どうして？」
　リオの苦笑の意味がわからず、ジョミーは質問を重ねた。リオはちょっと逡巡するように黙りこみ、そのあと押さえた思念波を伝えてきた。
（我々は体のどこかに問題を抱えています。五体を使ってのスポーツは向かないのです。それに）
「それに？」
（みな能力者ですから。体を使うより力を使う方が得意です）
「それって…」
（どんな球技も、結局最後は、思念波での操り合戦になるのではないかと）
「…それはちょっと」
　想像してみて脱力した。そういえば、広場で遊ぶ子供らのボールも、時折アクロバティックな動きをしていたような。…なんだか反則な気がする。
（体のハンデは個人差がありますが、こちらの方は共通ですから）
　力を競う方がフェアってことか。リオの微苦笑に、ここの常識なじめていない自分を見つける。僕って、無神経なのかな。またひとつへこんだ。
「ほかに遊びってないの？」
　コンピューターゲームとか、漫画とか、映画とか。普通に息抜きできるやつ。
（シュミレーションゲームはいかがです？）
　さらっと流された。たぶんどれもないのだ。予想はしていたことだけど、なんか切ない。きっとスナック菓子もないんだ。
（対戦シュミレーションを軽くした感じのものなんですが…）
　リオの解説を聞くまでもない。それのことは知ってる。というか、知ってた。で、それが現在使用不能だということも。
「壊れた」
（は？）
「あれって、どれもミュウ仕様だろ？僕はまだ力の加減ができないから。ちょっと力んだだけで…」
ぼん！だよ。と、ジョミーは両手をあげて肩をすぼめた。
　なるほど、それでキム達の機嫌が悪かったのか。リオはさっきの思念波の容赦のなさの理由がわかった気がした。仕事の合間の楽しみを、壊されたのではたまらない。平時ならともかく、今は緊急時、ゲームの修理より船の修理が優先される。これでは思念波にトゲが生えても仕方がないというものだ。
（では、カードゲームはどうです？）
　体は使いませんが、壊すことはないと思います…、なんて言う前に、じとっとねめつけられた。
「思念波だだ漏れの僕にそれを言うかな？」
　まずい。いじけさせてしまった。
　リオは焦った。慰めるつもりだったのに、追い打ちをかけてどうする自分。
（ア、アタラクシアに潜入してたとき、資料用に持ち帰った雑誌とかがあるんですが、ご覧になりますか？）
　最後の手段と咄嗟に思いついた提案は、ジョミーには魅力的に響いたようだ。郷愁を誘うような行いは禁止されているのだけれど…。でもまあ、ほかに道もない。リオは内緒ですよと念を押し、数冊の雑誌をジョミーの部屋に差し入れた。

＜続＞　　2007/07/09 UP
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４

＜続＞　　2007/07/10 UP
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５

　湿っぽくなった気分を払うように、ジョミーはベッドに戻って雑誌を捲った。学生だった自分には手の届かない大人用の雑誌もあった。記事よりも、広告に興味を引かれた。
　学生の遊びは、男子はスポーツやクラブ、女子は恋愛ごっこが主流だった。酒やたばこ、ドラッグに賭け事、おおよそ不健康と罵られる娯楽は成人後でないと許されない。ちょっとでも手を出せば、すぐさま関係機関から役人がすっ飛んでくると噂されていた。
　サムもジョミーも、興味はあったが、試す機会がないまま終わった。
　アタラクシアでは子供のいる家庭は禁煙が当たり前だった。酒は父親がたしなんでいて興味を持ったこともあったが、成人前に酒を飲むと身長が伸びなくなると脅かされて以来、敬遠していた。賭け事はランチや宿題をかけたゲームが関の山だ。
（今思うと、ものすっごく健全だったな僕）
　今じゃ即時処分可の犯罪者扱い。ああ、人生ってわからない。
　ジョミーは広告に目を戻した。　
　きらきらしたカットガラスに琥珀色のアルコールがきらめく様や、渋く決めた男性がかっこよく煙草を吹かす様子の写真と並んで、グラマラスな女性や男性が半裸を晒してる写真があった。「理想の相手と一夜のアバンチュールを」と広告は囁いている。
（これって合法ドラッグの広告？）
　噂では聞いたことがある。でも目にするのは初めてだった。
　合法ドラッグ。有り体に云えば性産業。酒、煙草の次に数えられる大人の娯楽だ。
　広告には、依存症に陥る危険性があるアルコール・薬物・ギャンブルなどに比べ、セックスは安全な娯楽だと書かれている。それどころか、適度な運動を伴う健康的なスポーツとまで。
（…スポーツ？）
　妙な言い回しだなと、ジョミーは思った。
「恋愛はセックスに至るまでのプロセスを楽しむものなのよ」
　ませた女生徒が話していたのを思い出す。彼女たちの最終目標がスポーツとは首をかしげたくなる。もっと精神的な、あやふやで不確かなものを追いかけ回している感じがあったように思う。
（それがプロセスって事か？）
　だったら頷ける。この広告はその過程をすっ飛ばして、行為だけを目的としたサービスを売り込んでいるわけだ。恋愛遊戯に一喜一憂する女子や、それに振り回され右往左往していた先輩やクラスメートを思いだし、ジョミーはその合理性に納得した。
　広告には、安くない金額が並び、容姿、テクニック、性病検査の徹底ぶりを自慢している。
　胸の前で腕を組み、豊満な胸をことさら強調する女の写真。ほかにも、ウエストまでスリットの入ったナイトドレスから、太股をはみ出している女の写真などなど、サムが見たら口笛を吹きそうな写真が並んでいた。
（ママの方が美人だ）
　ジョミーはくすっと笑った。

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６

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７

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８

＜続＞　　2007/07/12 UP
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９

＜続＞　　2007/07/13 UP
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１０

＜続＞　　2007/07/14 UP
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11

＜続＞　　2007/07/14 UP
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１２

＜続＞　　2007/07/17 UP
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ACT３　大人の事情

＜終＞　　2007/07/18 UP
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遁辞

2007/07/18　管理人　敬白