勝手にマードック大佐祭



１　自業自得　2007/08/18
２　獅子身中の虫　2007/08/19





１　自業自得
　


　老朽艦と新卒兵。 ジルベスター星系探索にあたって用意された、マードック曰く「最新鋭艦＆熟練の兵士」に、キース・アニアンは頭を抱えた。
「最低の取り合わせだ…」
「そうですね」
　マツカは大人しく頷いた。彼本人もそう思う。最悪だと。
「こんな調子で大丈夫なのか？」
「どうでしょう？」
　それは、僕に聞くまでもないことじゃないですか？なんて思っても、口には出さない。何故こんな手配が成されたのか、マツカには心当たりがあるからだ。
「グレイブは遠回しに私を殺そうとしているのか？」
　忌々しげにキースが呟いた。
「それはないと思います」
　だって、手配したのは、大佐じゃないもの。
　大体、少佐が悪いと思う。到着早々、学生時代を懐かしもうと、ちょっくら郷愁モードの入ったマードック大佐のラブコールを、蹴飛ばして、丸めてゴミ箱に捨てたのだ。それも、副官と部下達の目の前で。
　マードック大佐は、毒舌で悪い人ぶってる風変わりな人だが、根っこは悪人ではない。むしろ無駄にいい人だ。その所為で、部下に懐かれている。懐かれると、照れて邪険な態度に出る。それが可愛いと巷ではもっぱらの評判だ。本人は全く気がついていないあたり、かなり天然が入っていると思う。
　その大佐を、キース・アニアンは部下の前で邪険にしたのである。皆が怒るのも無理はない。
　最初に切れたのは、副官のミシェル・パイパー少尉。船の手配の際、「最新鋭艦」を指示したが、「整備状況によっての変更はやむなし」と付け加えた。噂の伝播は素早く、軒並み整備点検中となり、老朽艦しか残らなかった。パイロットについても同じだ。みな、自発的サボタージュ。結果、事情を知らない新兵達にお鉢が回った。
　因みに、マツカが接待役を仰せつかったのは、珈琲を入れる腕を買われたからだ。正直それしか取り柄がない。大佐は派遣される国家騎士団員の趣味をチェックし、彼が珈琲党であると知って、それしか取り柄のないマツカに接待役を命じたのだ。
（そうなんだよな。ほんの数時間、接待すれば終わりだったはずだもの。）
　それが、ミュウとばれて、現在に至る。本来だったら、いつものように体調不良を理由に早退できたのに。なのに、少佐を船まで案内したら、こんな船で、あんな新兵達で、帰るに帰れなかった。因みにコトの顛末は、このとき整備員から聞かされた。　
（嗚呼、人生ってどこに、墓穴が口を開いて待っているかわからない）
　キース・アニアンの後ろで、マツカもまた暗く凹んだ。

　この後、二次遭難を危惧して、生死不明のキース救出を渋るマードックから出港許可を取り付けたマツカは、キースに惚れ込んだと勘違いされ、あっさり宇宙軍から国家騎士団に転属させられたのであった。


＜終＞　　2007/08/18 UP

大佐はツンデレだと思う。

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２　獅子身中の虫



　ゼウスの艦長に抜擢されたマードックは、密かにブルーを搭乗させた。傷が癒えてからも、彼は寝付いたり起きたりの繰り返しで、弱っていくばかりだった。今日もほとんど目を覚ましていない。このまま、昏睡するのではと、衛生兵も半べそをかいていた。
　こうして日に何度か見舞いに来るが、寝返りを打った形跡すらない。
「マードック」
　不意に名を呼ばれた。
「僕に対ミュウ能力抑制リングをはめてくれないか？」
「正気か？」
「鍵を預けてくれるとうれしいかな」
「何があった？」
「ミュウは近くにいると互いの存在を関知し合うものなんだ」
「ゼウスにお前以外ミュウなんているはずが…」
「キース・アニアンの副官、あの鳶色の髪の青年はミュウだよ。感じるんだ」
「マツカがミュウ？」
「マツカというのかい？あの青年は」
　重たげに瞼を押し上げて、ブルーがマードックを見上げた。
「以前私の部下だった。虚弱で過敏で繊細なやつだったが」
「それはまさしくミュウの特徴だよ、マードック」
「キースはミュウを忌み嫌い抹殺しようとしているんだぞ？」
「彼は僕らがアルテメシアを発った後に覚醒したミュウなんだと思う。だから、僕らの、仲間の存在を知らないんだろう」
「知らない？そんなはずない。キースはミュウを対戦兵器開発の実験材料にしている。側近が知らないはずがっ」
「それは存在を知っているだけあって、仲間と認め合ったわけじゃないからだよ」
「あいつはキースに惚れこんで付いていったんだぞ？ミュウ撲滅を叫ぶキースに」
「キース・アニアンに惹かれたんだね」
「はぁ？」
「僕らは感情に走りやすい。その感情こそが、サイオンの源。彼はキースのそばに自分の居場所を見つけたんだろう」
　幸せだといいな。
　呟いたブルーは、やさしい笑みを浮かべていた。
「って、おい、そういう問題じゃないだろう！？マツカはミュウの裏切り者ってことだろうが？」
「それは違うよ。裏切るも何も、彼はミュウを知らないんだ。裏切りようがない。たまたま、惚れた相手が人間で、そのそばに在ることが、他のミュウにとって裏切りに見えるだけのことだ」
「…あのなぁ」
　マードックは頭を掻いた。惚れたの惹かれたの、どっちも野郎なんですけど？
「性別なんて関係ないよ。人が人に惚れるのは、自然なことだ」
「って、ちょっと待て。矛盾してないか？キースはミュウを抹殺すると軍を起こすような真似をする一方で、ミュウを匿ってることになるぞ？」
「素晴らしいことだよね。SD体制下でも、僕らの共存は可能なのだと、キース自らが証明してくれている」
「そうかぁ？」
「惜しいのは、権力者の庇護がなければ〜と但し書きが必要なことだね」
　それは僕も変わらない。くすくすと、何がおかしいのか、ブルーは笑う。
「うれしいんだよ。僕らは共存できる。殺し合わずともきっと…」
「ブルー？」
　とぎれた言葉を訝しみ、のぞき込むと、彼は寝入っていた。
　これだけの会話でも、負担なのだ。抑制リングを填めては、更に負担がかかる。体調を崩す。
（だが、マツカに見つけられ、キースの手に墜ちるよりはまし…か）
　ミュウの長ソルジャー・シン。まっすぐにソル太陽系を目指し、いかなる犠牲をも顧みない。彼を止められるのはこいつだけ。そのためにブルーはここにいる。その最上のタイミングを計ると約束をした。それまでは、息を潜めて時を待つ。
（人が人らしく生きられる世界…か）
　自分も感化された口なのだろうか？だが、友軍を平然と見殺しにする軍は改革されるべきだ。我々は人を守るための軍であり、兵士もまた人なのだ。人類は体制を維持するための働き蟻じゃない。
　この思いを間違いだとは思わない。だが、現行体制下では反逆罪だ。
「俺は獅子身中の虫なのかね」
　皮肉っぽく笑み、マードックは踵を返した。

＜終＞　2007/08/19