FOG　BLUE



６



　背に回した腕を一本に減らし、ルシウスの細い顎を親指と人差し指で掬い上げた。切れ長の目が細められる。薄い唇を舌で舐めると、誘うように薄く開いた。
　間違いない。ルシウスは術中に落ちた。他愛ない子供だましのような罠に。
　舌を絡め取り、存分に口腔を味わいながら、アーサーは確かな手応えを感じていた。誇り高いルシウスは、己の体を使ったりはしない。かつても、今も。ストイックな生活ぶりは省内で陰口の対象になるほどだった。迷いもなく応じるのは、在りし日の記憶が引き戻されているから。ルシウスの中で、かつての関係は否定されていないのだ。アーサーとモリーの推測どおり、ルシウスの裏切りには、なにかしら深い事情があったのだ。
　貪るほどに上体の傾斜が深くなる。ルシウスの指が、今は残り少なくなったアーサーの後ろ髪に指をからめる頃には、彼の頭部はシーツに押しつけられていて、覆い被さるアーサーに背だけ持ち上げられる恰好になっていた。
　アーサーは上体を起こし、唇を手の甲で拭った。粘りを増した唾液が糸を引きぬめった。ルシウスは四肢を力無く投げだし、浅い呼吸を繰り返している。蒼い頬がうっすらと火照って赤みを帯び、コロンの香りが強くなった。アーサーは再びかがみ込み、額を合わせ、ねだる声で問うた。
「続けていい？」
「…いちいち聞くな」
　吐き捨てられた言葉に、アーサーは柔らかく笑んだ。
　この受け答え、あのころのままだ。ルシウスはなにも変わっちゃいない。ルシウスが自発的にアーサーから去ったのは事実だろうが、そこにはなにか理由があった。それから今まで、再び接触する機会はなかった。そう、巧妙に引き離されていたのだ。
（なにを隠してきたのか、話してもらうからな）
　アーサーはネクタイを緩め、ルシウスの鼻先に軽いキスを落とした。
　　　
2002/06/18　脱稿
　

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