FOG　BLUE



３



　意識を失った人間というものは重いものだ。軽々しく運べるものではない。先の戦争で、今の仕事で、アーサーは現場に精通していた。跪き、意識を手放したルシウスを担ぎ上げようとして、その軽さに驚いた。背負うまでもない。軽々と抱き上げられた。
（…参ったな。モリーより軽いぞ）
　妙に可笑しくなって、笑えた。
　マルフォイ領に入り込んだのは久しぶりだった。
　玄関から通されたのは、学生の頃が最後だったろうか。あの頃は、まだウィーズリー家も旧家としての面目を保っていた。一族の多くは、後年ヴォルデモートの襲撃やその後の攻防戦で命を落とした。代々引き継がれていた屋敷も財産も領地も、その時失った。根絶やしを免れただけ、幸運だった。そういう時代だった。
　ふたりが学生だった頃、世の中は少しずつ不穏な色に染まりつつあったのだけれど、表面に吹き出すまでには至っておらず、表層的には平穏な日々が続いていた。
　長期休暇には互いに屋敷へ招き合った。グリフィンドールカラーの強いアーサーは、スリザリン贔屓の当主のお気には召さなかった。けれども、血統だけは古かったから、敬遠もされなかった。嫡子の数少ない友人のひとり。それが建前。それ以上のことは秘密だった。
　ウィーズリー庄にも招いた。あけすけな家人の態度がルシウスを更に無口にした。牧歌的すぎる雰囲気が彼を戸惑わせたのか馴染まなかった。必然的に、アーサーがこちらを訪れることの方が多かった。
　当主への挨拶、家族への御機嫌伺い、正餐、茶会。格式張って窮屈な行事が嫌で、数回で玄関から訪れるのは止めた。おかげでこの屋敷のことは少なからず詳しい。抜け道や、人目に触れず当主や家族の部屋に行き着く方法、防御魔法の種類、すべてルシウスから教えられたものだった。

　当時、寝付いていた彼の父を見舞った部屋の前で足を止めた。
「ルシウス様、お部屋につきましてございます」
　記憶を辿り、執事の声音を操る。ルシウスの眉根が寄せられ、小さな呻き声がこぼれた。ルシウスの腕を取り、掌を閉じられた扉にかざし、更に促した。さも、家人が寝室へ誘っているようにして。
「…開け…」
　ルシウスの唇が動いた。声に呼応して、固く閉ざされていたが内側から開いた。
　ビロード張りの家具が配置された奢侈な内装の部屋。軽く２０人は入れるほどに広い。壁面は整然と並べられた本、本、本。ルシウスの好みか。先代の時は、私的な居間として使われていたドレスルームだった。この奥が寝室のはず。部屋を通り抜け、次の扉を開けた。子供を１０人放逐して好きに遊ばせても狭さを感じないくらいだだっ広い空間。キングサイズの天蓋つきベッドを中心に、数組の椅子とテーブル、ライトテーブルなどの家具がが配されている。絵画は一枚も飾られていなかった。
フットボードに寄り添うように置かれたグリーシアンソファーに、運んできたルシウスを横たえた。
　カクテルキャビネットからデカンタを取り出し、タンブラーに注ぐ。懐から小さなのカンケースを取り出し、白い錠剤をひとつ摘み上げた。奥歯でかみ砕き、酒を口に含む。錠剤が溶けたのを舌で確かめ、ルシウスに口移しで飲ませた。

　　　
2002/04/26　脱稿
　
すいません。また長くなりそうです。

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