FOG　BLUE



４



　ベッドのカバーとブランケットをめくり、真白いシーツの上にルシウスを移す。杖をふるって、ベッドの四柱の中に結界を造った。次いで、結界内を往時の学生寮の風景に変える。ルシウスのアスコットタイを外し、着込まれたスーツを制服に変えた。最後に変身術を用いて、己の姿を当時に戻す。
　飲ませたのは自白剤と幻覚剤。薬品に耐性のあるルシウスに何処まで効くかはわからない。思考力を低下させることができれば、それでいいと思った。
　ベッドに上がり込み、ルシウスを見下ろした。
　乱れた髪を指で撫でた。昔と同じ、柔らかい感触。
（参ったな）
　アーサーは苦笑して、頭を掻いた。ルシウスを欺くための仕掛けが、自分にも作用したようだ。往時の記憶が蘇る。
　学生の頃は、恋人だと思っていた。だのにルシウスは裏切った。少なくとも、傍目にはそう映った。なにも告げず、闇の陣営に与したのだから。学友達から非難された。どうしてと。信じられなかった。そうしてはじめてアーサーはルシウスの心を汲めていない己に気がついた。なにもかもが、手遅れだった。
　ルシウスはその才覚を遺憾なく発揮し、魔法界を窮地に追いつめた。ヴォルデモートの腹心として。アーサーの組みする陣営の敵として。
　あれからずいぶんと長い時間が流れた。お互いに変わりすぎてしまったのだ。だが…
「こうしていると、全部悪い夢だった気がしてくるよ。少なくともあんたは、俺ほど面変わりしちゃいない。今も変わらず奇麗なままだ」
　色の白い細面の輪郭を手の腹でなぞる。ほんのり暖かい程度しか感じられない、低めの体温。セルロイドのように堅そうな、整いすぎていてどこか寂しげな顔立ちは、触れれば弾力のある、柔らかさが残っていた。
「ついでに答えて欲しいものだな。どうして俺を捨てたのか」
　ひとり呟き、ルシウスのシャツに手を伸ばした。
　着込まれたルシウスの着衣に手をかけながら、今日ここに来る原因になった妻の言葉を思い返した。




「ねぇアーサー、これ見てほしいの」
　夕食後の珈琲を飲みながら、モリーがさしだしたのは分厚いスクラップブックだった。
　聞けば、溜めに溜めていた新聞を整理したものだという。末子のジニーがホグワーツに進学し、彼女はようやく自分の時間を持つことができるようになっていたのだ。実に二十数年ぶりのことだ。その最初の仕事が、新聞のスクラップとは、実に彼女らしいことだった。
　モリーはホグワーツ時代、才媛と呼ばれていた。卒業後の進路も、魔法省に内定していた。それが果たされなかったのは、卒業する頃には長男を孕んでいたからだ。
　卒業と同時に結婚。それから七人の子供を育て上げた。
　平時とは言い難い時代だった。共に実家を失い、多くの親族を失い、苦労も多かった。培った学業や才覚を家庭に埋もれさせてしまったことに、少なからず罪悪感を覚えていた。事実、彼女は家庭にいながらも、アーサーのよき相談相手だった。仕事のことも、プライベートのことも。それは学生の頃から、変わらない。共にバイセクシャルであり、同性と異性の恋人を持っていたから、尚更だ。アーサーにはルシウスがおり、彼女にはスリザリンの白百合がいた。昔話だ。アーサーはルシウスに逃げられ、スリザリンの白百合はのちにルシウスの伴侶となった。
　スクラップブックは、マルフォイ家の動向に関しての記事をまとめたものだった。アーサーは過去の経歴から、ルシウス・マルフォイに関わる仕事からは外されていた。それなりに気を配っていたが、限界はあった。
　頁をめくる毎に、眉間の皺が深くなる。
「…妙だな」
「でしょう？」
　顔を上げたアーサーに、モリーが力強く頷いた。


　　　
2002/04/28　脱稿
　
とんでもない過去捏造してごめんなさい。モリーおかん。

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