WILD　CHILD　〜極光〜



１６



　「やっぱり…」
　不満の色濃く滲んだ呟きだった。
　多くの教科で満点以上を取り、主席を誇る彼女が唯一三桁を取ることの出来ない教科。それがこの魔法薬学だ。授業が終わり、答案用紙を手に生徒達が席を立つざわめきの中、ハーマイオニーはマルフォイの席に歩み寄った。彼は荷物を片づけ席を立つところだった。
「ちょっといい？」
「なんだ？グレンジャー」
「貴方の答案用紙、見せてくれない？」
「そんな義理はないね」
「あら、見せられないの？」
　わざと意地悪な顔をした。断られることはわかっていた。ここで諦める気はない。
「貴方が私に勝ってる教科、これだけでしょ？」
　不躾な一言。マルフォイの表情が強張った。
「後学のために、見せていただきたいのよ。不都合があって？満点なんでしょ？」
　ハーマイオニーにはそれが納得できなかった。憶測はいろいろある。だがどれも憶測でしかない。彼女は点差の真実を知りたかった。だからわざと煽った。プライドの高いマルフォイは、不名誉な疑惑を晴らすために答案用紙を見せるだろうと踏んだのだ。
「見ればいいだろうっ」
　マルフォイは声を荒げ、解答用紙を机に叩きつけた。怒りに頬を紅潮させている。成り行きを見守っていたロンとハリーは、彼女の突飛な行動に唖然としていた。
　彼女の云うとおり、マルフォイはこの教科でのみ、彼女に勝る。他の教科では及ばない。及ばないというと語弊がある。マルフォイは全て満点なのだ。どっこい、彼女は満点以上を取る。ゆえに主席だ。そして、彼女が唯一満点を取れない教科、それがこの教科である。担当教諭のマルフォイびいきは周知の事実であるから、言外に個人的嗜好が反映された不公正なものと思われていた。
「不公平だな。お前のも見せろ」
「いいわよ。どうぞ」
　二人は互いの答案用紙を眺めた。
「あら？どうして？ここ…本に書いてあったのと違うのに、どうして正解なの？」
　ハーマイオニーは納得がいかない顔で問題の箇所を指さし、マルフォイに示した。
「そういうお前はどう書いたんだ？ああ。これでは不正解だな」
　当然だといわんばかりに鼻で笑った。
「どういう意味よっ！その答えは、最新の研究書に載っていたのよ！一番正しい答えだわ！」
「だったら、その研究者の授業を受けろ。この教科の担当はスネイプだ。彼が教鞭を執っている教科で、教えられていない答えを書くのはマナー違反だ」
「まっ。じゃあここは？」
　彼女は真っ赤になって、別の数式を指さした。
「ここの計算。数式の答えと、回答欄の答えが違ってる。なのに正解で加算点まで。おかしな話じゃない」
「グレンジャー。君は授業を聞いていたのか？」
「え？」
「魔法薬はとても繊細だ。この数式は、試薬量の許容範囲を単純に求めるための簡便なものでしかない。もっと精確に導き出す式がある。僕が書いた数値はそれだ。計算式の方は授業で習ったものも弁えていることを証明しただけだ」
「じゃあ、ここは？」
「この実験は…ああ、思いだした。教科書の模範解答と、実験での数値に誤差があって、放課後に三人でいろいろ試したんだ。結局、それは温度や湿度で微妙に左右されるものなんだとわかって、それから試薬の量も、グラフにするとカーブを描くことがわかって…。そのときのだな」
「本に書いてあるのと、実地では違うってこと？」
「そういうことだ。ミス・グレンジャー」
　陰気で低い響きの声が背後からかけられた。
「…スネイプ…先生…」
「魔法薬の調合はとても微妙だ。最初にそう教えたはずだがね。実際に作りもせず、本を鵜呑みにするばかりでは、いつまで経ってもこの深遠なる世界を伺い知ることなどできん。君の答案は、君自身の経験に基づく言葉がない。だから満点にはならん」
　ハーマイオニーは唇を噛んだ。その通りだった。他の教科は、それで加算点をくれた。スネイプは裏付けのない背伸び部分を減点していたのだった。
「だから私は満点を取れないの？いいえ、この教科では満点以上はあり得ないの？」
「答える義務はない。ただ言えることは、我輩が納得できるのであれば、満点以上の採点の可能性は十二分にある」
　静かなにらみ合いが続いた。
「放課後、教室をお借りしてよろしいですか？」
　沈黙を破ったのは、マルフォイだった。
「なにをするんだね？」
「せっかくの機会ですから、証明させてください」
　僕が、貴方の身びいきで一番にして貰っているのではないと。マルフォイの心情を読みとったスネイプはあっさり許可を与えた。
2002/1/4　UP
　

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