WILD　CHILD　〜極光〜



２３



　図書室の禁帯出本閲覧コーナーにマルフォイはいた。
　早急に調べなければならないことがあった。スネイプに頼み込み、閲覧許可をもらった本を山と積み上げ、調べものに専念していた。
「面白そうな本ね。私も見ていい？」
「どうぞ」
　背中越しにかけられた声に、振り返ることなく答えた。古ぼけた羊皮紙の本を押し、隣りに腰掛けたハーマイオニーの見やすい位置にずらした。
　積まれた本の山にハーマイオニーは恍惚とした溜息を洩らした。
「すごいわ。これ、最高学年でも閲覧制限のある本でしょう？どうやったの？」
　背表紙の分類記号に目をやり、こそっと耳打ちした。
「スネイプに頼んだ。君もマクゴナガルに頼んでみれば？必要と判断されれば許可がでるはずだ」
「難しいわね。あの人堅いから」
「そうだね」
　話をしつつ、二人とも誌面から目を上げない。
「…姿消しの魔法。この通り発音しなきゃだめなのね？」
　開かれていたページの呪文に附された複雑な発音記号を眺め、ハーマイオニーは眉間に皺を寄せた。
「同じ効果を得るにも、いろいろな方法があるからね」
「透明化を調べているの？」
「…ああ。興味があってね」
　マルフォイはひやりとした。変に取り繕うより、流した方がいいと判断した。
「いろいろあるわよ。呪文に魔法薬、魔法グッズ」
「薬はもう調べたよ。飲み薬に塗り薬。粉末をまぶしたりする方法もあったな」
「この呪文は高度よねぇ。試してみるの？」
　ノートに忠実に書き取るマルフォイを見て問うた。
　マルフォイの文字は性質を如実に反映した流麗な書体だ。古い聖書を思わせる美しい文字。秀麗なのは声もそう。詩の朗読などもう聞き惚れるしかない。あの性格を差し引いてなおファンクラブが出来ているのも頷ける。歌も上手い。希少なボーイソプラノとして寮の合唱団に名を連ねていた。ある意味多芸多才である。
「こっちは姿現しの呪文ね。これも発音難しそう」
　反対側のページに記された呪文を眺めて云った。
「こんな感じだろう？」
　マルフォイは目の前のインク壷を杖で差し、姿消しの呪文を唱え、消えたところで、姿現しの呪文を唱えた。
「ねぇ、マルフォイ。あなたどういう育ち方をしたの？」
　質問の意味が理解できず、マルフォイはハーマイオニーを見返した。
「その発音。自覚してる？訛りがないの。ロンはロンドン訛りがひどくて、いつも苦労してるわ。ゴイルやクラッブにも多少の癖があるのに、あなたにはないわ」
「…けなしているのか？」
「相変わらずのひねくれ者ね。そうじゃないわ。すごく奇麗。羨ましいくらい。基礎がいいとやっぱり発音も楽なの？」
「どうなんだろう？僕にはよくわからないな」
　母親が可愛がっていた白い小鳥を思いだした。母の教える歌を繰り返し歌っていた籠の鳥。高いか細い声で鳴いていた。
　マルフォイが自分の育った環境がかなり特異であったことを自覚したのは、ここに進学してからだった。それまではそれが当たり前だった。そうでないのは貧しいからだ、それに値しないからだと教えられていた。
　マルフォイ家。堅牢な城とそれを取り巻く広大な荘園。その奥まった館の中で育った。同世代の子供は彼の世界に存在しなかった。物心ついた頃には家庭教師がいた。使用人達とは言葉も交わさない。別の人種だと教えられていた。あそこでは、マグル排他論が常識だった。
（こことは逆だな）
　目の前のハーマイオニーの顔がかすんだ。霧に煙った城のシルエットが迫り、マルフォイは瞬間目眩を覚えた。
「…これは取らないの？」
　ページを指さすハーマイオニーの声に引き戻された。
「いいんだ。それはもう覚えた。…書き写す？」
　ハーマイオニーはこくこく頷いた。知識欲に目が眩み、マルフォイの不自然さを見落とした。
　


「グレンジャー。君は知っているのか？」
　小一時間も過ぎた頃だろうか。それまで黙ってページをめくっていたマルフォイが問うた。唐突な問いかけだった。分厚い本を捲っていたハーマイオニーはマルフォイの意図を掴みかね目を瞬かせた。
「…その…ポッターの噂…なんだけど…」
　らしくない歯切れの悪さに、ハーマイオニーは吹き出した。
「いやぁね。しつこくハリーのことだけ無視してるくせに、そういうことは気になるの？」
「知っているのか？」
「だったらどうするの？」
「教えろ！」
「マルフォイ。あなた、酷い顔よ」
「顔？」
「そいつを虐めてやるって顔してるわ。それともハリーの彼女を横取りしてハリーに嫌がらせしたいの？」
「君こそ意地悪な顔をしているぞ」
「あら、ご挨拶ね」
「それで？」
「残念ね。私も知らないわ。ロンも教えて貰っていないのよ。みずくさいわよね」
　飴色のテーブルに頬杖をつき、ハーマイオニーは大きな溜息を吐いた。目だけを動かして悪戯っぽい笑顔を見せた。
「興味あるの？」
「別に」
　少しだけ頬を紅くしてそっぽを向いた。その様にハーマイオニーは身を乗り出した。
「興味があるのはハリー？それとも相手の子？」
「馬鹿なことを！僕はもうあいつとは関係ない。僕にだって好みはある。悪趣味なあいつの好みなんて絶対あわない」
　マルフォイは声を荒げた。
「たとえば？」
　覗き込まれて、マルフォイは突然真っ赤になった。理想の女性など考えたこともなかった。代わりに脳裏に浮かんだのは、奴との情事。姿が見えないだけに、そうなる前の奴に興味があった。そこから思いだしてしまったのだ。狼狽えるマルフォイに、ハーマイオニーは笑い転げた。
「こういうところで、こういう話なんて、ナンセンスよ」
　笑いすぎて涙が滲んだ目頭を押さえ、ハーマイオニーは周囲を指さした。自習机や書棚の間にいる生徒達がこちらをちらちらと眺めやり、聞き耳を立てていた。
「なっ、見せ物じゃないぞ！！」
　慌てて叫んだ途端、
「そこ！静かに！」
　司書教諭に怒鳴られ、図書室からつまみ出された。
2002/1/8　UP

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