WILD　CHILD　〜極光〜



２５


　案内されたのは、三階の端の端。小さな潜り戸を抜けた先にあった。
　準備室程度の小さな部屋。ソファーや家具には埃よけの白い布がかぶせてある。室内はある程度整頓されており、腰を下ろすのも憚られるといった部類ではなかった。人の生活した痕跡が残っていた。
「ポッターを無視しているくせに、興味があるの？」
「知っているのかどうなんだ？」
　揶揄する口調に声を荒げた。彼が手を離した。マルフォイは羽織っていたローブを脱ぎ、声のしていた位置を見定めて、打ちかけた。ローブは虚空にひっかかった。
「…なんの真似だ？」
「居場所が分からないと、話すとき何処を向けばいいかわからないだろ？羽織って見せてよ」
　ローブが空中で動いた。見えないマネキンに羽織られているように、人の形を伝えた。
「へぇ。僕よりちょっと背が高い位なんだ」
　マルフォイは肩の位置を比べて笑った。
「怖くないのか？」
「僕に怖いものなんてない！」
　彼が声を立てて笑った。
「笑うなっ」
　マルフォイは懐から杖を取り出し、早口に呪文を唱えた。
　なにも起きない。
（姿現しの呪文が…効かない？）
　手を尽くし調べに調べた最も強い呪文だった。学生の悪戯ならば必ず暴けるはず。それが効かない。
「やだなぁ。僕に魔法は効かないよ？」
「なに、ちょっとした実験さ」
　マルフォイは平静を装い嘯いた。
「姿現しの呪文が？高学年にならないと習えないはずなのに。流石というべきかな？」
「知ってたの。そちらも流石だね。確認だよ。質の悪い悪戯ならつるし上げてやろうと思ってね」
「威勢がいいな。あんなに泣いてたのに」
「うるさいっ。それで？知っているのかどうなんだ？」
「興味があるのか？」
「もちろん！あいつのことなら、全部知りたい」
「欲張りだな」
　彼はクスクスと笑った。意味ありげな笑い方だ。
「なにがおかしい！？」
「ねぇマルフォイ。君わかってるの？意識してるのにわざと無視して、そのくせ関心を引こうとする。まるでハリーに恋してるみたいだよ？彼が好きなの？」
　ローブはマルフォイをしげしげと眺めるような仕種で空中を移動し、振り返って問いかけた。　
「頭おかしいんじゃないの？」
　マルフォイは目を眇め一笑に付した。頬が引きつっていた。
　ローブがすり寄り、斜め下からのぞき上げるようにして問うた。
「ハリーと寝たい？」
「違う。僕は…」
　声が震えた。睨み返したいのに、動けない。
「友達に、なりたかった？」
　核心をつかれ、息が詰まった。
　否定したい！否定したい！否定したい！なのに舌がもつれて言葉がでない。
　マルフォイの唇に見えない指が触れた。ゆっくりと左右に辿り、二本の指先で押し開き、離れた。
「友達に、なりたかった？」
　唇が戦慄いた。誤魔化せない。
「泣いていいよ。ここには誰もいない」
　指先が頬に触れ、掌の感触が輪郭を辿る。
　頷く変わりに涙が溢れた。
「…僕は、僕はずっと彼を知っていた。父上が話してくれたから。あの方を退けた英雄。同い年のハリー・ポッター。きっと同じ学年になる。そうしたら、友達になるんだって。僕はマルフォイ家に相応しくあるよう、彼の隣に立つよう、そういわれて育ったんだ。だのに…」
　マルフォイは目の前に浮かぶローブに掴みかかった。身頃を握りしめ、まくし立てた。
「どうして僕じゃなかったんだ？どうしてウィーズリーなんだ？僕の方が優れているはずなのに。どうして？何故僕じゃ駄目なんだ！？どうして…」
　腕から力が抜けた。
「ポッター…。あいつが僕を否定する。僕なんか価値がないって…」
　膝から崩れた。マルフォイはローブに縋って慟哭した。涙が溢れて止まらない。誰にもぶつけることのできなかった蟠りが堰を切って溢れだした。
　指が滑り、床に落ちる。泣き崩れたマルフォイを暖かい感触が包み込んだ。
　ローブを纏っていた人が抱え込むように抱いていた。
マルフォイは泣き濡れた貌を拭うこともせず、空虚なフードを見上げた。
「おまえ…おまえは全て知っているんだろう？どうなんだ？僕はあいつらにかなわないのか？劣っているのか？張り合う価値もないのか？」
　彼はマルフォイを掻き抱いた。
　苦しいくらい抱きしめられて、また泣けてきた。マルフォイは泣いた。涙がかれるまで泣きじゃくった。
2002/1/10　UP

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