WILD CHILD 〜極光〜２８覆い被さる布の感触に、マルフォイは目を覚ました。 周囲は闇に染まっていた。物音一つしない。 打ちかけられたのは彼のローブだった。染みついたコロンの移り香でわかる。 緩慢な所作で身を起こし、ローブを手繰り寄せ、肩に羽織った。 闇に目が慣れた。彼に案内された三階の小部屋だった。 マルフォイは脱ぎ捨てた衣類と一緒に床に転がっていた杖に手を伸ばした。握りしめ、呪文を唱える。室内に明かりが灯った。淡い光りに照らされたのは、自分と家具だけ。彼の姿はない。 「…何処？」 戸の開閉する音はしなかった。まだ室内にいるはずだ。 「…何処にいる？まだいるんだろう？」 返事はない。 「ねぇ何処！？」 涙声になっていた。体の痛みより、彼を怒らせた方が辛かった。 怒るのは傷ついたから。怒らせる方が加害者なのだ。 マルフォイのからかいにいちいち怒っていたハリー・ポッターは、いつしか彼の挑発を無視するようになっていた。仕掛けたこちらが傷を負う。無視される度に増える傷。無視されたことに腹が立つ。なにゆえ？ 怒るのは、その人にとって相手が傷を負うだけの価値があるから。 ポッターが怒らなくなったのは、自分になんの関心も価値も感じないから。 自分が怒るのはまだ彼にこだわっているから。 彼が怒ったのは？ 少なくとも自分になんらかの関心を持つていたからだろう。悪い子だとかお仕置きだとかいっていたのに。 だけど今、彼はいない。ローブを脱ぎ捨てたことが、自分とのコミュニケーションを放棄する意思表示に思えた。怒らせたことで、また嫌われたのだ。 一人きりだ。 （置いていかれた…。） 膝立ちになっていたマルフォイは床に座り込んだ。体が凍えた。羽織っていたローブを掻き合わせた。 「…寒…」 ここからなら独りでも寮に戻ることができる。置いて行かれても、問題はない。 （…だけど） 寂しい。 「…ごめ…ん………」 嗚咽が漏れた。頬を熱いものが伝った。 「泣き虫」 指の感触が頬を撫でた。伝う涙をぬぐい取る。マルフォイはその手に縋った。捕らえたはずの手は、空間に熔けた。凍えた指先の力では留めることができなかった。 マルフォイは半狂乱になって空間を手探った。なにも掴めない。 肩を落としてへたりこんだ。俯いた頬に乱れた銀髪がおおいかぶさる。念入りに梳かしつけていた髪は、洗い上がりのようにくしゃくしゃになっていた。 小さな物音がした。 マルフォイは音のした方に目を凝らした。 ソファーを被っていた白布が持ち上がった。埃を落とすためか、数回たわんだ。 布が変容する。ドレープが生まれる。ゆっくりと人に纏われた形を取った。 「寒いだろう？おいでよ」 マントを形作った白布が、翼を広げるように開いた。 マルフォイは立ち上がった。自分でその前まで歩いていった。 「…なんていうの？名前」 「名前？」 「知らないから…だから別の名前がでてくるんだ。さっきは、ポッターの話をしてたから、その所為だ。教えてよ、なんていうの？」 青白い頬がバラ色に染まっていた。 「…覚えてない。忘れた」 「じゃあ、なんて呼べばいい？」 「…ノーバディ」 「ノーバディ（誰でもない者）？妙な名前だな」 「好きに呼べばいい。僕は君にしか触れられない」 意味が分からず、マルフォイは空虚なフードを見上げた。 「調べたんだろう？僕がいつかの時代の幽霊ではないのかって。見つかったかい？」 マルフォイは見つからなかったと答えた。 「だろうね」 彼は嘯き、マルフォイを白布に抱き込んだ。 「僕のことは誰も知らない。ダンブルドアも幽霊達も。なぜだか判るか？」 マルフォイは首を横に振った。 「みんな、僕を見てないから。僕を忘れているから」 ちくりと胸が痛んだ。 聡明で長寿な老賢者。ホグワーツを統べる彼にも忘れ去られた存在。 ポッターに拒絶され、突っかからなければ明日にも忘れられるだろう存在。 「君だけだ。君が僕を見つけた。君には触れることができた。だから…」 「どこか似ているのかな」 「そう思ってくれる？」 「そんな気がする」 彼はマルフォイをソファーに座らせ、訝るマルフォイの前に膝まずいた。 「なに？」 ソファーに両手をつき、身を乗り出すようにして問うた。 「ご褒美」 短い返事。膝の後ろに手を差し込まれ、前に引っ張られた。ずり下がり、背もたれに頭をぶつけた。痛くはなかった。掌が膝頭に添えられた。左右に大きく押し開く。彼はその間に顔を埋めた。 ねっとりと熱い口腔に含まれて、マルフォイは仰け反った。 「っぁ…あぁ……」 舌と歯とに追いつめられた。執拗にしゃぶられて、気が遠くなる。頭が真っ白になる。突っ張った腕の先、指が爪立ち、綴れ織りの繊維を削り取った。血が逆流する。歯を立てられ達した。体中から力が抜け落ちた。マルフォイはソファーにもたれ掛かった。 「もう一度、いいよね？」 強請るような声。 マルフォイはとろんとした表情で顔を上げた。意味が分からない。思考が麻痺していた。 両足が彼の肩に担がれた。体を二つ折りにするように押し上げられる。 （ああ、またか） 頭の隅でぼんやりと思った。マルフォイは彼の首に両手を廻し、しがみついた。そうすることで体を裂く痛みにどうにか耐えられる。 体は彼の味を憶えた。どうすれば負担が少ないか。どうすれば痛みを忘れることができるのか。経験から学んだ。 「まだ痛いだけ？」 マルフォイは緩慢な仕種で首を横に振った。 「そう。よかった」 安堵の声が耳を擽る。一層激しく突き上げられた。 マルフォイの白い背が、弓なりに反る。汗の玉が飛び散った。 口走った名は彼のものだった。 なにも考えたくないとき、こうするのが楽だと知った。 頭を空っぽにしたいとき、こうすればいいのだと。 辛いばかりだった行為が、それだけではなくなった。 2002/1/12 UPいろいろありまして、本日二度目の更新です。 今更ですが、読んでるあなた、未成年ではないですよね？ね？エロ仕様ではないので描写押さえてます。くることはないと思うんですか…。やばいですかね。地下に潜った方がいいのかな？ ２５〜２８がプロット上では１回分でした…。ホントに終わるのか？これ？ ← → |