WILD　CHILD　〜極光〜



２９



　「この愚か者！」
　叱咤の声と鋭い音。
　昼下がりの中庭に生徒達の悲鳴があがった。
　手を上げたのはルシウス・マルフォイ。血色の悪い顔に青筋を立て、肩で息をついていた。駆け寄ったゴイルとクラッブを、ぞっとするような銀の瞳で一瞥し、役立たずと罵った。
　頬を平手で殴られたマルフォイは口の端が切れた。静かに血が滴る。手の甲で拭い、激高する父を見つめた。
「汚らわしいマグルなどと関わりを持つなと言ったはずだ！」
　彼は憚ることなく、マルフォイの隣で本を膝に乗せていたハーマイオニーを指さした。吐き捨てるような侮蔑の言葉。ハーマイオニーは気丈ににらみ返したけれども、膝が竦んで動けなかった。その腕をロンが引っ張った。騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだ。引き寄せて彼女より頭一つ大きい長身の背に庇った。二人の回りを三人の兄達が取り巻いた。
「家名に泥を塗るとは。なんたる恥知らず！」
　ルシウスは再び腕を上げた。マルフォイは避けようともしない。その腕をスネイプが掴んだ。
「およしなさい。貴方は思い違いをされているようだ」
「放せ。教えてわからぬ者には、罰が必要だ」
「では、おまえさんは彼のなにが誤っているというのかね？」
　ダンブルドアだった。ルシウスを見る目にも滋味が籠もっていた。
「貴方に説いても無駄ですな。貴方の間違った教育方針の所為で、私の大切な息子が道を誤る。とんでもないことだ」
「…誤り？」
「いかにも。汚らわしいマグルなどと机を並べさせるから、間違いが起きるのだ」
「間違いなど、おきておらぬよ」
「は。校長ともあろう者が、知らぬとおっしゃるか」
「なにをだね？」
「私の息子とそこのマグルが…。汚らわしい。言葉にするだけで口が穢れる」
「それはこっちの台詞だ。おっさん」　
　ハリーだった。人垣をかき分け歩み寄り、不機嫌そうに眼鏡を人差し指で押し上げた。陽を反射するレンズ越しにルシウスを一瞥した。
「そいつらは、腹のさぐり合いをしているだけだ。ハーマイオニーは魔法薬学の主席の座、マルフォイはその他の教科。成績を競っているからね。利害が一致しているだけだ。実際、つるむようになって成績が上がったはずだ。それはあんたの望むことなんじゃないのか？」
　振り返ったルシウスに、スネイプは頷いて肯定の意を示した。
「ドラコは慎重な性格じゃなからの。これまでは全教科満点だった。故に満点以上の彼女にはかなわなかった。じゃがこつを覚えたのかな。先だっての試験は、満点を超えておったよ」
「そうなのか？それだけなのだな？」
　詰問する父に、マルフォイは静かに頷いた。
「は。はは…。ならばよい。見せつけてやるのだ。純血の優秀さを」
　ルシウスは息子の肩を抱いた。
「残念だったな。小娘」
　薄い唇を曲げてせせら笑った。
「決めつけないで。あたしにだって、好みがあるわ。おつきあいしている人はいるけど、マルフォイじゃないわよ！」
　ロンのローブの端を握りしめ、ハーマイオニーは叫んだ。肩が震えていた。
「よせ。あいつになにを言っても無駄だ」
「許せないわ。あんな…」
「いいから」
「だって…」
　しゃくり上げたハーマイオニーに、ジニーがハンカチを差しだした。彼女のほうがハンカチの必要な顔をしていた。
「穢れた血が浄化されることはない。君の子孫は最初から穢れている。産むだけ無駄だ」
　ダン！
　大きな音だった。ハリーが拾い上げた革表紙の本をベンチに叩きつけたのだ。
　瞬間の沈黙。最初に口を開いたのはハリーだった。
「うるせー親父だな。目くじら立てなくても、あんたの息子は、あんたが選んだ結婚相手と二つ返事で結婚するよ。それが齢１００を過ぎた婆さんでも、乳飲み子でもね。そういうふうに育てたんだろ」
　マルフォイは息が詰まった。酷い言われようだった。だが、その通りだと思った。
ルシウスは勝ち誇ったように笑った。
「そうとも。正しく育てたからね。野蛮な育ちはよろしくない。風紀上も教育上も。ポッター。君のようにね」
　遠巻きに取り巻いていた学生達が殺気立った。赤毛の少年達が飛びかかろうとした。
「よしなさい」
　血気にはやる生徒達を片手で制し、ダンブルドアが一歩進んで言った。
「ルシウス。取り違えるでない。この子はハリーだ。ジェームズではない。生き写しでも、彼ではない。ドラコもおまえさんではない。忘れるでないぞ。この子等は今を生きておるのじゃ」
　意味するところがわからない生徒達は、ぽかんとしていた。
「此処は…ホグワーツは変わらぬ。１００年前も１００年あとも。景色も空気もなにもかも、色あせることがない。ただ役者が入れ替わるだけ。此処にいると、時間が巻戻ったような気分になる。卒業生には酷な場所じゃ」
　スネイプが顔を顰めた。
「さあ、誤解は解けたようじゃな。ここは本来父兄の立ち入りは禁止しておる。面会室へご足労願えるかの」
　生徒達の敵意に満ちた視線をマントで払い除け、ルシウス・マルフォイは息子を伴って中庭を出ていった。
2002/1/13　UP

←　　→