WILD　CHILD　〜極光〜



３０



　放課後、ハーマイオニーを呼び出したのはマルフォイだった。
　彼は率直に頭を下げた。
「済まない。グレンジャー。父上は気が立っていらして言葉使いを誤られたようだ」
「貴方が謝ることではないでしょう。マルフォイ」
　ハーマイオニーは床に目線を落としたまま答えた。マルフォイの顔を見るのが忍びなかった。打たれた頬の腫れは退いていなかった。唇の傷も痛々しい。
「それに…私も腹が立って嘘をついたからお互い様よ」
　薄く自嘲気味に笑った。マルフォイが不思議そうな顔をした。
「おつき合いしてるって云うのは嘘。気になってるんだけど、まだそういう関係ではないわ。男の子はまだ子供の時間。悪戯や冒険が好きなのよ」
　くるりと背を向けた。
「あ、…誤解されると困るからちゃんと言っておくわね。貴方ではないの」
「わかってる。君の好きな人、なんとなくだけどわかる」
　振り返ったハーマイオニーに、マルフォイはうっすらと笑った。彼女の肩に垂れた部分編みを手に取り、掌に載せた。
「彼だろう？」
　ハーマイオニーははにかんで小さく頷いた。
「今日も庇ってくれたわ」
「お姫様を守るナイトみたいだったね」
　二人して、笑った。　
「ねえ？訊いていい？…ハリーの云ったこと。あれはどういうこと？」
「言葉通りだよ。僕は、僕の意思でパートナーを選ぶことはない。父上が決める」
　ハーマイオニーは目を白黒させた。
「なに馬鹿なこと言ってるの？貴方の問題なのよ？貴方自身の。どうして自分で決めないのよ！」
「それが家風だ」
「従うの？」
「一族のしきたりだ」
「それでいいの？」
「妙なことを訊くね。決まりなんだよ」
「ナンセンスよ！時代遅れも甚だしいわ！！」
「なにを怒ってるんだ？グレンジャー」
　怪訝そうな顔だ。ハーマイオニーは愕然とした。彼は彼女の憤りが理解できていない。この違い。同じ年齢で、同じ学校に籍を置いて、机を並べているのに、この断絶はなに？
「…貴方、おかしいわよ。自分のことなのに…」
　何故だろう、泣けてくる。目の前にいる少年が、霞の向こうにいるような気がした。
「そうかもしれないね。僕は…僕にはなにかが欠けているんだ。だから君等にかなわない」
　ひどく疲れた、乾いた笑みだった。
「違うわ。それは違うわ」
　じれったい。ハーマイオニーはイライラした。マルフォイは変わろうとしている。ホグワーツに来て、あの父親と離れたことで、変わりつつある。けれどもその方向が間違ってはいないか？。彼は諦めることで辻褄をつけようとしているのではないのか？あの親に義理立てするために。
「マルフォイ。今の貴方は前ほど嫌な奴じゃない。みんなそう感じてる。だから」
「グレンジャー。それも違う。此処では僕は異質だけれど、家に戻れば此処が異質なんだ。此処を卒業したら、僕は家に帰る。その意味が分かる？」
「いやよ！わかりたくないわ！」
　叫んで、踵を返した。そのまま逃げ出した。マルフォイの顔を見ていられなくなった。
（なんて馬鹿なの！）
聡い彼女にはその意味が瞬時に理解できた。マルフォイの戸惑いも。絶望的な選択も。
　認めるのが嫌だった。
2002/1/14　UP

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