WILD　CHILD　〜極光〜



３３



　ベッドサイドのメモを見つけ、マルフォイは夜陰に紛れ寮を抜け出した。
　ノーバディの呼び出しだった。これまでも何度かあった。気が向けば行く。無視することもあった。今日は寮に居たくなかった。だから応じた。
　指示された場所に着く前に、通路脇に引っ張り込まれた。
「相変わらず、強引なお誘いだな」
「…なんだ。落ち込んでるかと思ったのに」
「おあいにく様。僕はそんなに柔じゃない。君こそ、よくよくの学校通だね」
「住み着いて長いからな」
　廊下に浮かんだカンテラが左右に揺れた。
　ノーバディは見知らぬ部屋に彼を案内した。普通に学生生活を送る者なら卒業まで気がつきもしないだろう、隠し部屋の数々。この学校の設計者はよほど遊び心に富んでいたらしい。
　マルフォイは手近なソファーに腰を下ろした。
　昼間の出来事を彼に見られていたと思うと、気恥ずかしかった。話題にしたくなかった。そんなことを考えていたから、ノーバディの言葉がすぐには理解できなかった。
「この前の続きだけど」
「この前？」
「ハリー・ポッターの恋人」
「もういいっ」
　名を聞いただけで吐き気がした。
　昼間の言葉に含まれた意味。滲み出していた侮蔑の響き。
「あんなに知りたがってたのに？」
「無駄だ。なにをしても、奴は僕のこと嫌ってる。いいや、あれは蔑んでいるんだ。僕は…あんなに嫌われているなんて、思ってなかった」
膝に肘をつき、頭を抱えた。熱い滴がしたたり落ちた。
「ハリー・ポッターが酷いことを言ったんだね？」
　スプリングが軋む。ノーバディが隣りに座ったことを教えていた。
　カンテラはテーブルの上で静かに瞬いている。揺らめく光がマルフォイを照らした。
「僕が、僕が父上の言いなりの人形だって。違うのに。僕は僕がそうしたいから、父上や母上のために、そうなりたいからそうしているのに。僕には主体性がないって」
「君も悪いよ？マルフォイ」
「僕も？」
　マルフォイは顔を上げた。声のする方を伺い見た。
「そうさ。君は彼の持たないものを沢山持ってる。それを散々当てつけた。された方は気分がいいわけないだろう？」
「僕がなにを持ってるっていうの？ポッターこそなにもかも手に入れているくせに」
「沢山のプレゼント。贅沢な持ち物、生きている家族」
「家族？」
「諭してくれる父さん、抱きしめてくれる母さん、ひょっとしたら生まれていたかもしれない妹や弟。育つはずだった家庭。あずかり知らない名声のために引き替えるには大きすぎる代償とは思わないか？」
「だけど…それだけじゃないか。あいつはなんでも持ってる。名声、人望、友達…」
「君にもいるだろう？クラッブとゴイルが」
「あいつらは違う。あいつらは父上が僕につけた監視役だ。僕が此処でする全てを父上に報告する。僕のこと好きなはずないっ」
　父の書斎で見つけてしまった手紙。見慣れた稚拙な文字。そこには彼の素行が書き連ねてあった。彼らの親が父に渡していたものだと、あとで知った。駅で紹介される前から、決まっていた役割。出合ったときから、関係は決められていたのだ。マルフォイにとっては許し難い裏切り行為だ。だが、彼らは義務を果たしているに過ぎない。
（勘違いしていたのは自分一人。どうして彼らを非難できるだろう）
　望んではならない。なにひとつ。望むものは手に入らない。欲しいものは望んではならない。手に入らなくなる。永遠に。
「昼間のことも、疑ってるの？」
「…いいや。父上は彼らが報告を怠るからって怒ってた。きっと違う。だけどこれだけははっきりしてる。あいつ等が僕に従っているのは、それが義務だからだ」
そう割り切れば、楽になる。始めから諦めてしまえば、失望なんてしない。
「馬鹿か君は！彼らは君を慕ってる。君のことをとても心配してる。そんな簡単なこともわからないのか！？」
「…僕が人に好かれるなんて思えない」
　マルフォイは顔を綻ばせた。哀しみが過ぎて笑いに化ける。狂気をはらんだ笑みだった。
「どういう意味だ？」　
「僕がマルフォイだから。あの父の子供だから。僕は…」
　屋敷では当たり前だった純血思想。ここでは少数派だった。そして偏狭な差別主義者として非難されるものだった。父親は正しい思想として彼に教え込んでいた。親を尊敬する息子にそれを疑うことは躊躇われた。けれども明らかに嫌われているのはこの思想だった。
「ポッターも同じだ。物心つく前につけられたあの傷の所為で「英雄」扱いだ。本人がそれを望んでいると思うか！？ただただ先走るばかりの名声を、苦痛に思わないと思っているのか！？」
「…僕にあいつのことはわからない」
「それに」
　見えない手が頬を包んだ。
「僕は君が好きだよ」
　突然の告白に狼狽え、マルフォイは手を振り払って後ずさった。
「妙なことを。お前は最初に言ったじゃないか。僕は悪い子だからお仕置きするんだって」
「最初はそうだった。君ほど浜鼻持ちならない嫌な奴はいないと思った。だから傷付けた。悪い子にはなにをしてもいいと思った。報いを受けるべきだと思ったから。…今は後悔している」
　憂いに沈んだような口調に、マルフォイは我知らず、身を乗り出していた。
「どうして？」
「君のこと、知らなさすぎた」
「今は嫌いじゃないのか？」
「うん。君は？」
「こうしているのは嫌じゃない」
「ありがとう」
　優しい言葉が耳朶を溶かした。くすぐったい。でも、快い言葉。
　マルフォイは手探りでノーバディを探した。すぐに手が触れた。感覚を頼りに、肩を探り、ゆっくりと抱きしめた。
　その背を、ノーバディの腕が包んだ。
　
2002/1/17　UP
ぶった切ってすいません。続きは明日。これから晩ご飯〜(T_T)

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