WILD CHILD 〜極光〜３４また泣けてきた。彼といると泣いてばかりいる。 マルフォイは泣ける自分が嫌いではなかった。 （ノーバディといると楽だ。気張らなくていい） 首筋に彼が吸い付いた。ゆっくりと舐め上がり、耳朶を甘噛みする。耳の中にまで侵入されて、声が漏れた。力の抜け落ちた体をソファーに沈められた。覆い被さってくる気配がする。 「ノーバディ？」 「欲しいよ。いい？」 マルフォイは目を閉じた。 冥界の者と交わると生命を蝕むという。マルフォイはかまわないと思った。 （この先何年生きても、たぶん自分はこのままだ。なにひとつ手に入れることなく、流されて生きる。削ったところで惜しくもない） ひとときでいい、辛さを忘れたい。疲弊した心が自棄に走らせた。 涙を啄んでいた唇が、頬を伝う。それが更に下に降りてきた。目的を悟って、マルフォイは顔を背けて逃げた。 「どうして駄目なの？キスさせてよ」 「嫌っ。契約になるだろう？僕をとり殺すの？」 冥界の者とのキス。それは契約を意味する。された者の思考力を奪い虜にすると、なにかの本で読んだ。マルフォイは拒み続けていた。彼に体をくれてやることで、ひとときの息抜きを得る。それだけなのだ。それ以上の感情などない。ギブアンドテイクの関係だと、割り切ることに決めていた。 （落ちるところまで落ちているのに。今更なにを惜しむのだろう） 愚かな行いを嘲笑う自分がいる。 「…させてくれたら、僕の正体を教えてあげる」 「知りたくない」 「どうして？」 「こうしていることすら、父上に申し訳ない。これ以上は…駄目だ」 涙声になっていた。 ノーバディの申し出は魅惑的だった。彼の正体には興味がある。だがそれ以上に父が恐かった。 昼間の叱責が蘇る。家名を汚すなと。血に恥じる行いをするなと。その耳の乾かぬうちに、こんなことをしている。父に隠れ、こそこそと情事に更ける自分が浅ましく、愚かしく、滑稽に思えた。父と母のことを思うと、裏切っている後ろめたさに息が詰まった。 「本当に親思いだね」 「当然だろう？親子なんだから」 「君の両親が羨ましい。君を奪い去ってしまいたいよ」 「駄目！」 マルフォイは焦り、体をねじって逃げようとした。押さえつけられていて動けない。 「…しないよ。君が嫌がることはしない」 「…誓え。キスしないって。僕は僕の意思でこうしているんだ。貴様に指図されたくない。他人に支配されるなんてごめんだ」 「面白い理論だね」 「返事は？」 「OK。君が望むまで、待つよ」 「あり得ない」 「どうだろう？人は変わるものだよ」 「僕は変わらない」 否。僕は変われない。ホグワーツに染まったら、僕は生きていくことが辛くなる。だから、変わってはならない。父上や母上の望む僕になるには、ここで修得すべきは知識だけ。それ以外は要らない。どんなに辛くても、寂しくても。結局無駄になるのだから。 「マルフォイ」 「なに？」 「好きだよ」 ノーバディはマルフォイの額に接吻した。 「そういうの酔狂っていうんだ」 「君だって、相当だよ」 憎まれ口を叩くと、彼は笑いながらマルフォイに食らい付いた。 （なにも考えたくない。煩わしいことは嫌い。みんな嫌い） マルフォイはノーバディに体を預け、考えることを放棄した。求められるまま、嬌態を晒した。 情欲に狂う体の隅っこで、捨てられた理性が呟き続けた。 嫌い、嫌い、大嫌い。 ノーバディの告白を嬉しいと思う心がある。戸惑い迷う心がある。 その場しのぎだと割り切るからこその関係なのだ。心はいらない。 いらない。もうなにも。煩わしいものは欲しくない。 自分がノーバディをどう思っているかなんて、考えたくない。 嫌いではない。 だったら好きなの？ たぶん違う。自分が焦がれているのは、今も変わらない。自分を拒絶し否定した、憎らしい彼。 その呪縛から逃げたくて、こうしているのだ。 （ああそうだ、ノーバディ自身がそういったじゃないか。僕はハリー・ポッターの代わりかと。それだ。好きだなんてあり得ない） はじめての告白が、マルフォイを臆病にしていた。 得たことを喜ぶ心より、それを失う恐怖心が勝っていた。 得たものをなくすことは辛い。だからなにも得ない。辛くなる要素は作らない。もろい心を護るためのバリケードが、ノーバディの告白を拒んだ。 マルフォイには、ハリー・ポッターに拒まれた自分に価値などあるようには思えなかった。 臆病な心が自分自身をも欺いた。打算的なつき合いでしかないと。 申し訳なさが心をずたずたに裂いた。 （僕は狡い。知ってて利用してる。彼を利用している。ポッターを忘れるために。淋しさを誤魔化すために。なんて卑怯な僕） 嫌い、嫌い、大嫌い。 （僕は世界中で僕自身が一番嫌い） 2002/1/18 UP← → |