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WILD　CHILD　〜極光〜



３６





「止めろ！止めてくれポッターっ！お願いだから、父上を殺さないでっ！」
自分の声で目が覚めた。涙の乾いたあとだろう、目尻がぱりぱりする。
（またか…）
　空を掴んでいた手で顔を覆った。息苦しい。じっとりと寝汗をかいていた。
　またあの夢だった。
　マルフォイは枕の下に置いた杖を手探り、数匹のホタルを集めたような朧な光の玉をつくった。手元がわかる程度の仄かな明かりだ。ベッドから這いだし、サイドテーブルに手を伸ばした。引き出しからガラス瓶を取り出し、ボードに並べる。瓶の中の液体はどれも半分ほどに減っていた。ここしばらくの悪夢のせいだ。
（この調子だと、すぐに底をつくな。次を用意しないと）
　サイドボードに備え付けてある水差しのコップを取り、上向けて置いた。
　ガラス瓶の中身は全て薬だ。正規の処方を受けたわけではない。自分で調合したり、横町で購入したものだ。効能は知っている。それで十分だった。目的さえ達せられればいい。眠らなければ体が保たない。授業についていけなくなる。眠れば悪夢に襲われる。夢を見ないで眠りたい。薬の助けが必要だった。
　コップに移そうと手を伸ばした瓶が、ひとりでに空に浮いた。
「毎晩、こんなの飲んでるの？」
「ノーバディ。どうして此処に…」
　咄嗟に口を両手で被った。微かに笑う音がした。
「ルームメイトには眠ってもらったよ。心配は要らない」
「…そう。でも」
　心配で、マルフォイはもう一度音を遮る魔法をかけた。眠る前にはいつもこうしていた。睡魔に怯える弱さを、人に知られるのが怖かった。
「うなされていた。怖い夢を見たの？」
「…ポッターが父上を殺すんだ。あの方のマントを焼いて、父上まで」
「ハリー・ポッターは君のお願いを訊いてくれたかい？」
　マルフォイは首を垂れ、両手で頭を抱え込んだ。
「あいつがあの方と戦うってことは、父上と戦うってことなんだ。…僕と戦うってことなんだ。あいつが勝ったら父上が…」
「ハリー・ポッターが負けたら？」
「え？」
　思いがけない問いに、マルフォイは弾かれたように頭を上げた。
「ポッターが負けたら、君は彼の命乞いをするの？」
　即答できなかった。彼が負けたら、彼の両親と同じように殺されるだろう。自分がそこに居合わせたらどうするのか。
「ハリー・ポッターが窮地に追い込まれたら、いい気味だって笑うのかい？」
　その言葉の残酷さに、マルフォイは青ざめた。
　死ぬ。ハリー・ポッターがあの方に破れて。
　その時自分が居合わせたら？
　涙がこぼれた。
（やっぱり僕は馬鹿だ。きっと飛び出しているだろう。嫌われていても。父に叱られても。なにもできなくても。僕が彼にこだわっているから…。座視するなんて出来ない）
　もう一度問われた。
「…人が死ぬのを見るのは嫌だ。誰だってそうだろう？」
　無理に笑った。
　右側の枕元が凹んでいる。ノーバディが腰掛けているのだろう。マルフォイはそちらを向いて問うた。
「君こそ、なにしに来たの？」
「夜這い」
　あっけらかんとした返事だった。マルフォイは絶句した。
「っと思ったんだけど辞めておこう。お休み」
　枕元のくぼみが消え、ベッドを囲うカーテンの一角が捲れあがった。
「待って！」
　マルフォイは咄嗟に手を伸ばし声をあげていた。
　人ひとりの背の高さまで捲れたカーテンが、垂れた。部屋に静寂が戻った。
「…ノーバディ？帰ったの？」
　マルフォイは肩を落とした。溜息がついて出た。
（馬鹿だ。呼び止めてどうするつもりだったんだ？）
　セックスがしたいわけではない。話があったわけでもない。用などない。彼を呼び止める理由などない。
　波打つシーツにぼんやりと目線を落とした。寝乱れた髪が視界を切り取った。
　髪が掻き上げられ、暖かい感触が頬に触れた。
「此処にいる。お休み。まだ此処にいるから」
　感触を頼りに手を伸ばし、マルフォイは見えない手を握りしめた。強い力で握り返された。
「さぁ。もう横になって。大丈夫。悪さはしないよ」
　促されるまま、ベッドに横になった。乱れた銀髪をみえない指が梳いてくれた。
　マルフォイは横臥し、頬に添えられた掌に両手を添えた。
　彼が側にいてくれる。それがこんなに心強いなんて驚きだった。
（利用してるだけのはずなのに。自分の気を紛らわすために、利用しているだけの存在なのに、どうして安心できるのだろう？）
　ほどなくして眠りに落ちた。
　マルフォイの唇が微かに動いた。ノーバディは体を寄せ耳をそばだてた。
「…行かないで。独りにしないで…。パパ…ママ…」
　譫言だった。幼い頃、父にそして母に、何度となく訴えそのたびに退けられたわがまま。叶えられたことのない願望。
「いるよ。大丈夫。ここにいる。側にいるから。安心してお休み」
　寝入ったマルフォイの眦に滴が光った。
　ノーバディは指先ですくい取り、口に運んだ。
「しょっぱい」
　寝顔が先ほどとは違う。安らいだ顔つきだ。
「よかった」
　安堵の溜息が漏れた。
「マルフォイ…。君がマルフォイでなかったら僕らはこんなことにはならなかったのに。いいや、僕が只の僕だったら…。繰り言だって、君は怒るだろうけどね。たかがキス一つで君を虜にできるなんて。そんな能力、僕にありはしないよ」
　呟きは、マルフォイの耳に届くことなく闇に熔けた。
2002/1/20　UP
おかげさまで、連載一ヶ月です。長々とおつき合いありがとうございました。…いえ、まだ続くんですけど。
今日で一区切りです。ノーバディの正体、もうおわかりですね？彼です。
あ、まだ掲示板とかに暴露したら駄目ですよ？マルフォイが自分で見つけますから。

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