WILD CHILD 〜極光〜３８朝食の席で、マルフォイの前に一人前の食事が置かれた。 マルフォイは眉をつり上げた。 「なんでこんなにつけるんだ！？」 残すと叱られる。下手をすると、減点だ。セルフコントロールを問われるのだ。 食の細いマルフォイはほとんど朝食を摂らない。珈琲とクラッカー、フルーツを摘む程度だ。パン、スクランブルエッグ、ベーコンにソーセージ、チーズ、ニンジンのグラッセ、温野菜、マッシュポテト、とどめのホットミルク。でん、と目の前に並べられた。マルフォイは見ているだけで胸焼けがした。 「たまに早起きしたんだ。ちゃんと食べろ」 マルフォイの倍以上を盛った皿を前に、ゴイルが云った。 「僕に命令するな！」 「…マルフォイ。せめてそのくらい食べろよ」 「い・や・だ・ね」 声を尖らせて立ち上がり、片手で皿を持ちあげると、クラッブの皿の上でひっくり返した。悲鳴と怒声が上がった。 三人の朝食風景を周囲の生徒が囃し立てた。テーブルこそ違えど、同じホールで食事をする他寮生も見物に身を乗り出す。この学校の生徒は、伝統的に三度の飯より騒ぎが好きなのだ。 「朝っぱらからなんの騒ぎよ？」 「グレンジャー。マルフォイが食べないんだ」 人混みをかき分けて顔をのぞかせたハーマイオニーにクラッブが泣きついた。 「あら、なんで？朝ご飯を食べないと、頭が悪くなるわよ？」 「なんだそれ？」 「だって、朝は血糖値緒を上げないと、脳が活性化しないわ。睡眠不足と栄養不足は脳の寿命を縮めるのよ」 「ほっとけば？育ちのいいおぼっちゃまには、此処の食事が口に合わないんだろ？」 「はっ。君に言われたくないな。ウィーズリー」 マルフォイは席を蹴って立ち上がった。ハーマイオニーが腕を伸ばした。 「顔色悪いわよマルフォイ。どこか悪いの？」 「気のせいだ」 触れる前に、彼はその手を打ち落とした。ロンがむっとした。呼応したように、マルフォイの両肩に重みが加わり、彼は後ろに仰け反り、椅子に尻餅をついた。 「なんっ！？」 左右に紅い髪が見えた。上を見上げた。グリフィンドールのクレイジー・ツインズが彼の両肩に体重をかけて笑っていた。 「ヒステリーはいけないねぇ。」 「そうそう、綺麗なお顔が台無しだ」 「そんなにかりかりするのは、ビタミンCが足りないんだよ。オレンジジュースはいかがかな」 「違うよ。足りないのはカルシウムさ。新鮮ミルクがおすすめだよ」 「どこから湧いた！？グリフィンドールのテーブルは向こうだっ」 「おんや？なにやら熱っぽいご様子。風邪かい？」 「違うよ。こんなに気が立っているもの」 「ああそうか！！月の障りだね？」 マルフォイは絶句した。 （なんなんだこいつら？） 「生理中は食欲もなくなって気怠いっていうものね。僕には判らないけど。お大事に」 ロンの背後から音もなく現れたハリーがぼそりと言った。 声に抑揚がない。眼鏡が朝日で光って、その下の表情が判らない。 不気味だった。 ホールは静まりかえった。気にとめることなく、ましてマルフォイに目をくれることもなく、ハリーはグリフィンドールのテーブルに歩み去った。 「…違うっ！僕はっ僕はっ」 抗議の声は涙声に近かった。焦って呂律が回らない。あちこちで笑いが起きた。 「…なら大人しく、食べなさい」 きっちり一人前を盛りつけた皿を手にしたスネイプが、音もなく隣りに立っていた。 「…はい」 仕方なく皿を受け取った。朝食時間の全てを使って、その皿と格闘する羽目になった。 これが、先頃の健康診断で引っかかったマルフォイを気遣い、マダム・ポンフリーのアドバイスのもと、スリザリン寮・グリフィンドール寮合同で行われた「ドラコ・マルフォイに朝食を摂らせようキャンペーン」の一環であったことなど、今の彼はまだ知らない。 2002/1/22 UP← → |