WILD　CHILD　〜極光〜



４０




　消灯時間のあと、マルフォイは寮を抜け出した。
　ローブの上にマントを羽織り、闇に怯えながらおそるおそる歩いた。暗い闇の中、マントに半分隠したカンテラだけが頼りだった。
（どこにいるんだろう？）
　彼はノーバディを探していた。ひとこと礼を言いたかったのだ。
　当てなどない。彼がどこにいるかなんて知らない。マルフォイは以前案内された三階の小部屋を目指した。
「！？」
　後ろから抱きすくめられ、口を押さえられて、マルフォイは悲鳴を呑み込んだ。彫像の後ろに引きずり込まれ、カンテラに布が被せられた。
　吹き抜けを挟んだ向かいの回廊を、オレンジ色の明かりと猫の鳴き声が通り過ぎていった。
「危ないよ？こんな時間にに出歩いたりして。なにしてるの？」
　カンテラが顔を出し、被っていた黒い布がマルフォイと見えない彼を包んで垂れた。
マルフォイは咄嗟に彼にしがみついていた。
「どうしたの？」
「…君に、会いに来た」
「僕？」
「うん。あの…」
　彼の胸元にしがみつき、顔を上げて、喉が詰まった。言葉がでてこない。顔が赤くなり、汗まで滲んできた。
「なに？」
　促されても、焦っるばかりで呂律が回らない。マルフォイは情けなくなって俯いた。あやすように背をさすられた。
「…その…夕べは…ありがとう」
　俯いたまま、蚊の鳴くような小さな声で、ようやくその一言を絞り出した。
「そんなの、気にすることないのに」
　困ったように云われて、マルフォイは少し膨れた。その様にクスクスと笑う音が響いた。
「わざわざきてくれてありがとう。だったらひとつだけ、僕のお願いを叶えてくれないかな？」
「キスは駄目だよ？」
「違うよ。もうあんな薬は飲まないって約束して」
　真剣な声だった。マルフォイは返答に窮した。薬がなければ眠れない。約束なんてできない。
「…それは」
「眠れないなら、僕が側にいるから。もううなされないように、ずっと側にいるから」
「ほんと！？」
「うん」
「じゃあ、寮に戻ろう？ここは寒いよ」
　マルフォイは彼の手を引き、来た道を戻ろうとした。彼は動かなかった。
「ノーバディ？」
　握っていた腕が引き戻され、マルフォイは力の先につんのめった。そのまま抱き取られた。
「今夜は返したくない」
　熱い息吹が耳に注がれた。マルフォイは両腕を彼の首に回して笑った。
「廊下は嫌だよ？」
　妖艶な笑みだった。くすりと笑う音がした。
　脇の下と膝の下に腕が通され、軽々と抱き上げられた。
「こ、この体勢には抵抗がある…」
　いわゆるお姫様抱っこだ。回していた腕を離し、逃れようと体をねじった。ノーバディがバランスを崩して、大きく揺れた。落とされるかと驚き、マルフォイは彼にしがみついた。
　笑う声がして、わざとだとわかった。
「ノーバディ！！」
「誰も見てないよ？どうして照れるの？」
「僕は女の子じゃない！」
「そんなの知ってる。他人じゃないからね」
　首筋に歯を立てられた。
「っそうじゃなくてっ」
「それに、これまでもこうやって運んでいたんだよ？今更じゃないか？」
　意識がなかったとはいえ、その様を想像してしまいマルフォイは真っ赤になった。
「すぐそこだからね、いいだろ？」
　甘えるような声だ。マルフォイは仏頂面になって懐から杖を取り出した。片手で振り、床に残されたカンテラを浮き上がらせた。
「どっち？」
「右」
　声に従い、ゆらゆらとカンテラが先導した。
　
　寝物語にマルフォイは朝の出来事をノーバディに話した。
　忌々しげなその様に、彼は声を立てて笑った。むくれると、抱きしめられた。
　
　目を覚ました場所は、自分のベッドの上だった。
　ぼんやりと天蓋を見上げた。夕べの冒険譚が夢の続きのように思われた。
　起きようと体を動かし、それが夢でないことを悟った。体の芯に焼かれた熱の燻りが残っていた。
「かなわないな。全く」
　優しげな苦笑が喉を鳴らした。
　甘い疲労感が残るばかりで、不快さはなかった。
2002/1/24　UP
　更新遅くてすいませんっ。(>_<)

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