WILD CHILD ～極光～４７春の午後は物憂い。柔らかな日差しが黒いローブを暖める。うっかりすると舟をこいでしまういそうな気怠さだ。 マルフォイはコーラス部室近くのベンチに腰掛け、枝越しに空を見上げていた。練習時間にはまだ間があった。 深い溜息が漏れた。 手にしているのはソプラノの楽譜。ボーイソプラノのパートでは彼が最年長だった。コーラス部の上級生達は彼を珍重し大切にしていた。その珠玉のボーイソプラノを讃えた。 マルフォイは複雑だった。 ゴイルやクラッブは１２才で声変わりした。赤毛のウィーズリーも去年。マルフォイ一人が取り残されていた。もともと小柄だった。それにしても遅い。もう１５歳だというのに。 マダム・ポンフリーに相談したこともある。 彼女は宥めるような笑顔を浮かべて云った。変声期は個人差がある。早い者は１０才で迎えるし、遅い者声は卒業前までかかる。焦る必要はないと。声のトーンは身長に比例する。高ければ高い程低い声に、低いほど高い声に。まずは偏食を直して、身長を伸ばしなさいと。 「身長か…」 マルフォイは自分の頭に手を置いた。細い銀糸が光に透けた。延びないわけではないが、明らかに遅い。クラッブやゴイルは、このところにょきにょき延びて、ローブが寸足らずになっている。 （それに引き替え僕は…） がっくりと肩が落ちた。 （シーカーは小さい方が有利と、レギュラーでいるが、それとていつまで保つか。せめて１８０センチは欲しい…。あと２０センチ…。） １７２センチが平均の現学年で、彼は１６０センチしかなかった。情けないことにハーマイオニーと並んでいる。体重に至っては彼女より軽かった。 （悔しい） それは彼女の台詞なのだが、マルフォイはその事実を知ったとき、テストで競り負けたときより悔しかった。だいたいあのポッターより低いのだ。 （せめて今年中にあと５センチ…） うつうつと思い悩む彼に、人の影が差した。マルフォイは顔を上げた。遠巻きに十人ほどの少女達が立っていた。なにか言いたげに息を詰めた様子でいる。 「もう時間だったか？」 マルフォイは問うた。気怠げな口調だった。 彼女らは慌てて首を振った。マルフォイに声をかけてもらえたことが嬉しいのと、彼の休息を邪魔してしまった気まずさとが混じり合い、顔が真っ赤に紅潮していた。 マルフォイは微苦笑し、立ち上がった。 少女達は、互いをつつきあっている。 「なんだ？」 「あ、ああの、私たち、先輩の味方ですから！！応援してますから！頑張ってください！」 「？」 意味が分からない。すとん、と表情の抜け落ちた顔で沈黙してしまった。 少女達は一目散に散っていった。本懐を遂げたっといった表情で。 「なんだったんだ？」 わけが分からず、呆然とするマルフォイひとりが残された。 ハリーに恋人疑惑が持ち上がって久しかった。目立つ上級生などをアイドル的に愛好する、ミーハー嗜好の女子生徒がマルフォイ派に流れていた。 マルフォイは自分の変化に気がついていなかった。 年齢のわりに伸び悩む身長。ことさら増えない体重。取り巻きが大柄である所為も手伝って、線の細さが際立った。ハリーに対する険が薄れたことで、本来の整いすぎた容貌に落ち着きが加わり人目を引いた。それまで硬質で冷たかった歌声に暖かみが感じられるようになった。ときおり、沈痛な面差しで物思いに沈む様が、かのコリンのターゲットとなっていた。 ちまたには、マルフォイにも、恋の噂が飛び交っていたのだ。彼が誰かに片恋していると。 それが誰であるのか、トトカルチョまで行われていた。 本命はハーマイオニー・グレンジャー。大穴はマダム・ポンフリーであった。 2002/1/31 UP【参照データ】 ハリー・ポッター 1980年生まれ ４年生時 1994～5年 1995年 ｲｷﾞﾘｽ 15歳平均値 男子 172.4㎝62.6㎏ 女子 162.7㎝ 58.3㎏ （英国保健省データを参照しました） ← → |