WILD　CHILD　〜極光〜



５０





　スリザリンに朗報が入ったのは試合の２週間前だった。
　ルシウス・マルフォイが息子にファイヤーボルトを送って寄こしたのだ。寮は俄然盛り上がった。
　マルフォイは静かに箒と対座していた。
　父の心遣いは嬉しい。けれど、これで箒の性能に転嫁できない、実力での勝負が迫られたことになる。
「もう逃げない」
　不思議と落ち着いていられた。
　ノーバディと過ごした所為だ。彼と話すことで、気持ちの整理ができた。自分の中でただ不愉快な存在でしかなかったハリー・ポッター。その理由が明確な言葉になる。彼に惹かれていた自分。焦がれていた自分。負い目を感じていた自分。目を背けてきた事実に向き合えるようになっていた。
「彼は彼。僕は僕。それでいい」
　言い聞かせるように、呟いた。

　ノーバディとの逢瀬は続いた。
　試合前とて肌を重ねることはしない。寄り添ってとりとめのない話に興じる。ちょっとだけ、相談をしてみたりする。落ち着けた。不安や恐ろしさが、彼といるときだけ、消えてなくなった。
　カンテラなどなくても、足元のはっきりする明るい夜だった。二人並んで、半円のアーチ型窓から月を眺めた。塔に降り注ぐ蒼い光が室内を照らした。
「最後だから…ちょっとだけ反抗してみようかなって思うんだ」
「どんな？」
「僕はシーカーだ。もともとはスニッチを捕まえる役割だ。自分で見つけたいんだ。あいつが取るのの邪魔をするのではなく、あいつより先に見つけて僕が取る。そうしてみたいんだ」
　マルフォイは頭上に輝く月に手を伸ばし、握り取る真似をした。握りしめた掌を膝に戻してゆっくり開く。なにもない掌。
「父上がおっしゃった。勉強でもスポーツでも、一番になるのは気分のいいものだって。それがどういうものなのか、本当のところを僕は知らない。一番でなければ父上も母上も喜んでくださらない。だから僕は、手段を選ばずに一番になることだけを目指してきた。気分のいいものじゃなかった」
「…どういうこと？」
「嬉しいっていう気分じゃないんだ。テストで満点をもらっても、試合で勝っても、ほっとはできる。ああ、やっと終わったって、荷物が減ったような気持ちになるだけなんだ。あいつ等みたいに飛び上がって手放しで喜んでって…そういう感じじゃないんだ」
　膝の上で交差させた腕に顎を乗せた。
「どうしてだろうって、ずっと考えてた。それで思ったんだ。やり方の所為かなって」
「やり方？」
「うん。クイディッチだって、選手になれたけど、父上は褒めてくださったけど、辛いことの方が多いよ。スリザリンの戦法はずるいって他寮の生徒には貶されるし。気分のいいものじゃない」
「勉強も？」
「丸暗記だもの。楽しいって思えないんだ。魔法薬学は別だけど…。ほら、薬っていろいろ考えて試せて面白いから」
「そうなの」
「最後だから、好きにやってみたい。怒られるだろけど。自分を試したい。愚かかな？」
「どうして？素敵なことだと思うよ？」
「チームワークを乱すことになる。キャプテンに逆らうことになる。僕の所為で負けることになるかもしれない。…酷いことだ。身勝手で、我が儘で。こんなことをして、許されるだろうか。僕はとんでもないことをしようとしてるんじゃないか？そう思うと怖くて…怖くて仕方がないんだ」
「どうして？」
「だって、僕の所為で負けるかもしれない」
「勝つかもしれないよ？」
　思いもよらない言葉だった。マルフォイは顔を上げて、隣のノーバディを凝視した。月明かりに照らされる白い布はいつもより陰影がはっきりしているけれども、やっぱりがらんどうの布の造形でしかない。
「なんて顔してるの？新しい戦法だよ？きっとみんな驚くよ？」
　ノーバディの掌がマルフォイの銀髪をわしゃわしゃとかき回した。
「結果オーライさ。やってみなよ。しないで後悔するより、しでかして後悔する方がずっといい」
「…ありがとう」
「見に行くよ。」
「来てくれるの？」
「うん。応援に行くよ。だから頑張ってね」
　マルフォイは嬉しさに頬を輝かせた。もうなにも怖くないと思った。
2002/2/3　UP

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