WILD　CHILD　〜極光〜



５１




　試合はグリフィンドールに有利に展開していた。
　スリザリンが反則技を仕掛けるも、僅差を埋めることができない。
　観衆はシーカーに注目した。僅差を逆転させるのも、決定的に広げるのも、試合に終止符を打つのも、シーカー次第。一掴みで１５０点、試合終了の合図ともなるスニッチ。その獲得が試合を決める。
　誰もが怪訝な顔つきをした。スリザリンのシーカー、マルフォイの動きが変だった。
　これまでのマルフォイは、相手チームのシーカーをマークするのが常だった。だのに今日はぽつねんと宙に浮いたままでいる。ハリーはノーマークになっていた。キャプテンやチームメイトの叱咤の叫びが飛ぶ。観客席からもブーイングが飛んだ。
「どうした！？マルフォイ！！」
「ファイヤーボルトが泣くぞ！！」
　マルフォイは反応すらしない。静かすぎる程に。
　緑と銀のユニホームが重たげに映るほど、マルフォイは小さく見えた。
　動かない彼にブラッジャーが襲いかかった。すこし伏せた面を上げることなく、マルフォイは体を僅かに右へとずらした。頬を掠めるような距離を、黒い弾丸が駆け抜けてた。風圧に髪とマントがなびく。それもすぐ収まり、静けさに戻った。
　様子をうかがうように、ハリーが近寄ってきた。
「マルフォイから離れろ！どうせお前が見つけたのをかすめ取る気だ！！」
　ヤジが飛んだ。いつもなら、マルフォイは怒って反駁する。それもない。
「ハリー！揺動かもしれん。気にするな！」
「スニッチを捜せ！そいつにかまうな！」
　チームメイトに促され、付近を旋回していたハリーも離れていった。
　試合は膠着状態が続いた。
「ハリー！スニッチは！？」
「まだだ！」
「捜せ！」
「探してるってばっ！」
　けたたましい歓声。人の声。チームメイトの声。乱れた呼吸音。ボールか風を切る音。
　遠い。窓の向こうの音みたい。
　フィールドを渡る風の囁き。太陽の光の呟き。
　聞こえる。なんて優しいんだろう。
　マルフォイは大気に同化しているような心地がしていた。
（何処？）
　息を潜め、アイスブルーの瞳を半眼に開いて、耳を澄ます。ボールの零す小さな羽音。それだけに意識を集中していた。
（何処？）
　求めているのは、ただ一つ。
　かすかな響きを感じて、マルフォイは目を見開いた。振り仰いだはるか先に、黄金の反射光。
（見つけた！）
　瞬きもせず箒を駆った。箒に体を添わせ、空気抵抗による減速を防いぐ。最新型の加速性能は秀逸だった。軽すぎる体重も幸いした。ボールは目の前だ。指先を伸ばした刹那、ボールは垂直に跳躍した。振り切られるものかと、マルフォイは天を目指した。風を切る音が耳を塞ぐ。
　後ろに気配を感じた。振り返る必要もない。奴だ。
　ボールがまた向きをかえた。今度は左に。
（不味いっ）
　躊躇わなかった。加速を続ける箒から手を放し、左に飛んだ。伸ばした掌の先に、黄金の輝き。左手で握りしめた。
（勝った！！）
　確かな感触。離すまいと左手に右手を被せ胸に引き寄せた。
　眼下の歓声が、悲鳴に変わった。
　ボールを胸に抱いたマルフォイは重力に掴まった。翼を持たない彼の体は、イカロスのように地上めがけて落下した。
　マルフォイは、どんどん遠くなる青空を見上げていた。
（ああ、今日は天気が良かったんだな）
　満ち足りた気分だった。
　観覧席の教授達が総立ちになった。口々に呪文を唱え、杖を振る。
　誰もが目を覆った。
　激突音は小さかった。怖々と指の間から目を開いたハーマイオニーが叫んだ。
「ハリーッ」
　地表すれすれに、箒が浮いている。ファイヤーボルトだ。緋色のマントの少年が、マルフォイを抱きとめていた。直滑降はハリーの十八番だった。
「なんて無茶を…。君は僕を殺す気かっ！？」
　丸渕眼鏡の少年が真っ赤な顔で怒鳴った。
「…違う。君が僕を殺すんだ。ポッター…」
　ハリーの表情が強張った。
　背中に添えられた腕の力強さと暖かさ。頭を預けた胸板から響く鼓動。
（どうして…懐かしいんだろう）
　抱き上げられる浮遊感の中で、理由を考える間もなく視界がかすんだ。

　脳震盪を起こしたマルフォイは医務室に運ばれた。
　審判はスリザリンの勝利を宣言した。
　
2002/2/4　UP

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